突然ですが、契約結婚しました。

店内に響かない程度の明るい声で、タイガさんがウインクを飛ばした。あまりに様になりすぎて、惚けてしまいそうになる。

「やだ、ファンサ貰っちゃった」
「今日はファンミ来てくれてありがとね〜」
「男友達じゃなくてアイドルになっちゃってますから、タイガさん」

ワントーン上げられた声に思わずツッコミを入れてしまう。そんな私達の前に、ドリンクが滑らされた。

「お待たせしました」
「わ! 綺麗!」

嵩の高いグラスに、少しだけ濁った水色のお酒。中には輪切りのレモンが浮かべられている。

「白ブドウが入ったジンとマスカットのリキュールのお酒。お口に合うといいけど」
「ブドウ! 絶対好きです! ありがとうございます、善さん」
「いえいえ。大河くんも、はい、いつもの」

そう言って、タイガさんの前にはロックグラスが置かれる。タイガさんと飲むのは初めてだけど、なるほど、お酒強いんだ。
主任の友達だもんな〜と妙に納得。
乾杯、と軽くグラスをぶつけて、労働後の体にアルコールを流し込んだ。

「美味しいっ」
「よかった。いつでも作るから、また言ってね」
「ありがとうございます〜」

お礼を言って、またグラスに口をつける。ほんとに美味しい。ここのお酒はいつも美味しい。あの日、このお店を見つけてよかった。本当によかった。って、心から思ってるんだよ。それなのに、胸が少しだけ痛む。
だって、あの日このお店を見つけていなかったら、あんなふうに寂しいなんて感情が湧くこともなかった。こんな感情が自分にもあるんだって、知らずに済んだ。

「…………」

ぷかぷかとお酒に浮かぶレモンに視線を落とす。マスカラを塗った睫毛が影になって鬱陶しい。
隣ではグラスを傾ける気配がして、氷がカランと声を上げた。釣られるようにして、私の口も開く。

「家出するなんて、大人げないと思いませんか」
「お? タマちゃんもオコなの?」

話し始めると、タイガさんは身を乗り出してきた。真剣に聞く気があるのか、面白半分なのかは微妙なところだ。

「怒ってるって言うか……そりゃ、私も人としてどうなのってこと言いましたけど。気に障ったなら面と向かって怒ればいいのにとは思います。家出て行ったっきり帰ってこないから、話し合うことも出来ないし」
「……タマちゃんはさ、あいつが怒ってる理由、何だと思ってる?」
「怒ってる理由?」

そんなの、私が軽々しく奪ってしまえばなんて言ったからでしょう……?
首を傾げるほどに、タイガさんの眉がハの字になっていく。