突然ですが、契約結婚しました。

主任はいない。恐らく、彼女の元にいるんだろう。こんなチャンス、滅多にないもの。よかったじゃん。
って、そう思うのに。

「あれ……。味、薄くしすぎたかな」

有り合わせで作ったご飯は味気なかった。静かな部屋に、食器とお箸がぶつかる音だけが空虚に響いた。
いつもだったら。そんなことを考えかけて、慌てて思考を停止する。

「……1人に戻るだけじゃん」

お箸を持つ手を止めて、独り言ちる。一人暮らしは長かった。1人で食べるご飯なんて当たり前だった。家に誰もいないことが普通だった。──それこそ、一人暮らしをする前からずっと。

「……っ」

考えないようにすればするほど、脳裏には主任の姿が思い浮かぶ。スーツ姿の時はけして見せない、気を許したような笑顔の姿で。
カーテンが開いたベランダのガラス扉に、ダイニングテーブルと食事をとる自分が映っている。向かいには、誰の姿もない。それを認めて、胸の奥がツキンと痛んだ。

「あはは……嘘でしょ」

思わずそう呟いたけれど、この痛みは嘘じゃない。
あぁ、1人は嫌だ。1人は寂しい。1人は冷たい。そんなこと、今までだったら──主任と一緒に暮らさなきゃ、思うことなんかなかったのに。1人でいることには慣れ切っていたのに。

「想定外、だ」

いつの間にか主任がいることが当たり前になっていた。主任と過ごす時間が心地よかった。この家で過ごす自分も嫌いじゃなかった。
契約で始まったこの結婚生活が、こんなにも心地いいものになるだなんて思わなかったから。

「覚悟……決めないとな」

主任が帰ってこないことがきっと答えだ。
今を手放す覚悟。1人に戻る覚悟。主任の幸せを願う覚悟。
主任がどんな選択をするのかわからないけれど、どんな結果であれ私はちゃんと受け入れるのだと。

そう、思っていたのに。


「や。お疲れ、タマちゃん」

翌日。珍しく定時後すぐに退社出来た私をオフィスの入ったビルの前で待っていたのは、黒いロングコートを着て金髪の髪を緩く束ねたタイガさんだった。
初めて見る私服姿に、二度驚く。

「な、なんで……!?」
「んー? 今日俺、休みなの。善さんが店に立っててくれてさ」
「へ、へぇ……」
「だからさ、飲みに付き合ってくれないかなーって」
「しゅ、主任に?」
「ううん、タマちゃん」

ぴっと指をさされて、またまた意味がわからない。なんで私……!?