突然ですが、契約結婚しました。

「……1人飲み、仕切り直しするかっ」

1人でも平気だもん。パートナーが忙しいから寂しくて、なんてほんとは絶対言わないタイプだもん。
元々お酒は好きなほう。ずんと沈んだ気持ちを払拭するためにも、今日はとことん飲んでやろうじゃないの!


履き慣れたハイヒールでふらふら歩いて、気が付くと品川駅の近くにいた。

いい感じの雰囲気のバー、ないかな。
先刻失ってしまったお気に入りに入れ替わるような場所を求めて、行き着いたのは『Grand Chariot』というお店。
駅前から少し外れた路地にひっそりと佇む、黒を基調としたモダンでスタイリッシュな店構えのバーで、私は好奇心のままに扉を開いた。

店内には、先客が2組。どちらもテーブル席で、仲間内で静かにお酒を嗜んでいる様子。

「いらっしゃいませ」

カウンターの向こうから私を出迎えてくれたのは、柔らかい空気を纏った男性のバーテンダーだった。
吸い寄せられるように、カウンターの席に腰を下ろす。

「ロブ・ロイください」
「かしこまりました」

明るく染めた髪色と目鼻立ちのせいで若く見えるけど……私より、少し年上くらいかな?
オーダーを笑顔で聞き入れたバーテンダーをぼうっと眺めながら、無意識のうちに弾き出される推測。って、何やってんだ私。つい、いつものクセが出た。
ダメダメ。こんなんだから、今回みたいな男も引っ掛けちゃったんだよ。今後はもっとしっかり見定めて、簡単に気を許さずに……。

……あ、どうしよう。気付いちゃった。
これまでしてきた生き方が、一気に面倒になっている。

「お待たせしました、ロブ・ロイです」

褐色のショートグラスが、テーブルを滑らせ差し出される。乾杯する相手もいないので、静かに口をつけた。
楽だな。1人だから、可愛こぶらなくていいんだもん。うん、今日は酔えそうだ。



しばらく飲んで、ふとスマホで時間を確認すると正午を過ぎて日付が変わっていた。

「タイガさーん。ここって何時までですか?」
「一応2時まで。お客さんによっては前後したりするけどね」

答えるのは、バーカウンターの向こうに立つバーテンダーだ。
当初は静かに飲むつもりだったんだけど、私があまりにも酷い顔をしていたらしく、見兼ねて手が空いた隙に話しかけてくれたのだ。
土曜日にしては忙しくないようで、結果、2時間で打ち解けてしまった。もちろん、そういうスイッチはオフのまま。

「遅くまでやってるの、いいですねぇ。お気に入りのお店、見つけちゃった」
「あはは。さっき言ってたお店の穴、埋まった?」
「たぶんね。それはこれから少しずつ埋めていきます」
「手厳しいなぁ」

だってほんとにお気に入りだったんだもん。すぐに取って代わるのは難しいよ。