突然ですが、契約結婚しました。

もう、忘れてしまいたいのに……。

翌朝、目を覚ますと家に人の気配はなく、土間からは主任のスニーカーが消えたままだった。


「小澤達、喧嘩でもしてるのか?」

月曜日の朝礼の後、事務処理をしていた私に声をかけてきたのは元野さんだ。眉を寄せてしまったのは反射だった。

「達って、誰のことですか」
「小澤と柳瀬主任だよ。って、そう怖い顔するなよ〜」
「……主任から、何かに聞かれたんですか?」

土曜日の夜に家を出て行った主任は、結局今日の朝方まで帰って来なかった。私が布団の中で微睡んでいると玄関扉が開く音がして、5分もしないうちに再び彼は出て行った。
家を空けていた間、どこにいて、寝泊まりしていたかは知らない。連絡もなかったけれど、私達はそもそも自由なのだ。どこで誰と何をしていようと、お互いに干渉しない関係だ。
ただ、家を出たきっかけがあの会話でなければ。

「何も。ただ、さっき主任が出ていく前に小澤の名前を出したら、あからさまに顔顰めてたから」
「えぇ……」

普段の主任なら上手く隠しそうなものなのに。主任、かなり怒ってるじゃないですか。
やっぱり、あの会話が原因だよね……?
そりゃ、穂乃果さんにとっては最低なこと言ったとは思うけど……でも、主任にとってはこの上なく幸せなことじゃんか。

「柳瀬主任があんなにプライベートを滲ませたの初めてだったから、俺びっくりしたよ」
「……ですよねぇ……」

今朝も朝礼で姿を見たけど、主任がこちらを向く気配はなかった。それこそ、元野さんだけじゃなく他の人も私達の空気を察知するかもしれない。それは、業務においていいことではないはずなのに。

「機嫌悪いと主任余計に厳しくなるから、夫婦喧嘩もほどほどに頼むよ」
「保証はできません」
「オイ」

元野さんのツッコミを、笑って流す。ほどほどになんて言われても、主任が怒る理由がわかんないんだもん。
穂乃果さんが近くにいる今、私達の関係性の輪郭がぼやけていく。


仕事を終えて家に帰るも、家の明かりは消えたままだった。主任は今日直帰だとホワイトボードに書いてあったけれど、家にいる気配はない。

「…………」

人の気配のない家は、やけにがらんとして広く感じる。玄関で少し立ち尽くして、ハッとして靴を脱いだ。
もう20時だ。早く着替えてご飯作ってお風呂沸かさなきゃ。今日のご飯は……。

「……1人分でいいのか」