突然ですが、契約結婚しました。

「私も、人前では未だに敬語ですし。同僚同士で結婚するってなると、そんなものじゃないですか?」

ね、真緒さん。そう視線を投げると、主任はハッとしたように口角を上げた。

「あぁ。プライベートでは環に対しても素で話してるよ」

な、と視線を投げ返されて、私も努めて穏やかに微笑む。
演じる。私達は仮面を被ると決めたのだから。
私達の返答に、少し驚いた様子だった穂乃果さんも慌てて眉を下げた。

「そっか、そうやんな。ごめんなさい、ヘンなこと言って」
「いえ。疑問に思うのは当然ですし、お気になさらないでください」

バクバクと暴れる心臓の音を聞かれないよう、必死に取り繕った。内心は動揺していた。
私達の関係がバレてしまったら──それも、よりによってこの結婚の原因となった彼女に。
私達は、一体どうなるんだろう。


「小澤にまで迷惑かけて悪かったな」

横浜のホテルに穂乃果さんを送り出した後。リビングに戻るなり、開口一番に謝罪が飛んできた。
お茶のおかわりを入れようとキッチンに立っていた私は、顔面にぺたりと笑顔を貼り付ける。

「いえ。突然だったので驚きはしましたけど、にぎやかな夕飯になりましたし」
「嫌な思いさせたんじゃないか」

様子を伺うよう訊ねられ、私は小さく首を振った。
今日のことだけでなく、彼は恐らく、前回の訪問のことも併せて気にしている。主任の、自分が傷つくことを厭わない姿勢に腹が立って責めた。庇うべきところを庇わなかった主任に苛立った。色んなことが降り積もって、黙っていられずに主任を責めた日のことを。

「ご心配には及びません。穂乃果さんのこと、何となくわかってきましたし」
「……そうか。さっきも、機転を利かせてくれて助かった。ありがとう」
「いえ。咄嗟に出た嘘なので、質は保証できませんけど」
「十分だろ。さすがだと思ったよ」

ケトルに水を入れて、スイッチを入れる。さっきは食後に紅茶を淹れたけれど、次は緑茶にしようかしら。
マグカップをカウンターに上げてもらって、ティーパックの準備をする。準備をしながら、さっきの光景が脳裏に浮かぶ。

「チャンスじゃないですか?」

言葉は精査する段を通り越して声になっていた。カウンターの向こうに立つ主任が首を捻る。

「チャンスって、何が」
「穂乃果さんのことですよ。浮気の真偽はわかりませんけど、家出するってよっぽどじゃないですか」
「だから何だ」