突然ですが、契約結婚しました。

そんなこと言ったら、関西人だからってみんなが面白いと思うなよ論争が勃発しそうなものだけれど。

「つーか、なんで家出するほどの喧嘩になってん」

それは私も気になる。オタマで鍋をぐるぐる混ぜながら、耳をダンボにして聞き耳を立てる。
穂乃果さんは少しだけ言い淀んでから、小さく息を吐いた。

「……彼、浮気してるかもしれんくて」
「……は?」

背筋がすうっと冷たくなるような低音が一音、鳴った。キッチンから様子を伺うと、彼は眉間に深い皺を寄せて険しい顔をしている。
そうだよね。だって、他の人と結ばれた好きな人が、その人のことで苦しんでいる。心穏やかではいられないはず。

「証拠あるんか?」
「ないけど……この前、見ちゃってん。大人っぽくて綺麗な女の人と、2人で高級なレストランに入っていくとこ」
「仕事の関係者とかちゃうん。旦那、シェフやろ」
「そうやけど……あんな人、私知らへんもん」

穂乃果さんの大きな瞳は、いつの間にか涙でいっぱいになっている。空気を震わせただけで、雫が弾けてしまいそう。

「そのこと、本人に聞いても否定するし。それどころか、真緒くんのこと言い始めて」
「俺?」
「本当にただの幼なじみなんかって。結婚式のとき、高砂で話ししたでしょう。その様子を見て、私達の仲を疑ったらしくて」

なんてこった。と、部外者の私が思う。
その不安をぶつけることの正誤はわからないけれど、旦那さんは鋭い。穂乃果さんはまだしも、主任は確かに彼女のことを想っていたのだから。

「全力で否定せぇ。んで、その目撃したことも、ちゃんと冷静になって話し合え。どうせ感情的になってろくに話し合ってへんねんやろ」
「……どうせとか言わんといて」
「何年お前の幼なじみやってきたと思ってんねん。それくらい聞かんでもわかる」

ツンケンしているようで、主任の声は優しい。そして、穂乃果さんの拗ねた声もまた可愛らしい。
ぐるぐるぐるぐる、オタマを混ぜる手は止まらない。本当に、何を見せられているんだ私は。

「向き合うべきことから逃げ続けても、何もええことなんかないぞ。こういうのはな、早めに解決するべきやと思う」
「出た、真緒くんのお兄ちゃんモード」
「茶化すな。俺にこんな出来の悪い妹なんかおらん」
「なんですって?」

2人は睨み合い、それでもすぐに笑顔に変わる。その光景が、カウンター越しに見える。