話は30分前に巻き戻る。

「シチューはビーフに限るだろ」
「いやいや、クリームシチューも悪くないですから」

土曜日の午後。窓の外は生憎の天気で、お互い1日家から出なかった。火点し頃、夕飯の話になって、献立をシチューにするというところまでは意見が一致したのだけれど、そこからは意見が食い違った。
雨がいつ雪に変わってもおかしくないという気温で、私はクリームシチューが食べたくなったんだけど、あろうことか主任はクリームシチューをシチューだとは認めないと言い出したのだ。

「クリームシチューは白米に合わんだろ。今、うちにパンはなかったはずだぞ」
「パンはないですけど、ナンだったらありますよ。代用出来ます」
「なんでパンがなくてナンがあるんだ」
「今度スパイスカレーに挑戦しようと思って、冷凍のやつ買っておいてあるんです」

夫婦喧嘩は犬も食わないと言うけれど、まさにそうだ。こんな喧嘩、誰も拾わない。

「悪いが、クリームシチューは得意じゃない。俺が作るから、ビーフシチューで手を打ってくれ」
「わかりましたよぅ……」

しょうがないから、クリームシチューは主任がいない時にでも作ろう。

「ほんとにお任せしていいんですか?」
「あぁ。ここ最近、忙しくてほとんど作れてなかったしな」
「わぁい。じゃあ甘えさせてもらいますね」

ソファーに座ってコーヒーを飲んでいた主任が席を立ってキッチンへと歩いていく。シチューのルウはこの間買って帰ってきたし、買い物にも昨日行ったから問題ないはずだ。

「出来るまで部屋にいていいですか? オンデマンドで見てるドラマ、今いいところで」
「あぁ。出来たら声かける」

何から何まで甘えさせてもらい、自室に戻る。CMのタイミングで停止していたドラマを部屋で再生してしばらく経った頃だ。インターホンの音が鳴り響いたのは。
オートロックのモニターはリビングだけど、主任は今手が離せないだろう。慌てて自室を出ようとしたところで、主任の心底仰天したような声が家に響き渡った。
Gが出てもそんな声を出さないんじゃないかってくらい、大きな声だった。

何事かとリビングへ駆けつけると、主任はこれでもかというくらい目を大きく見開いてモニターを凝視していた。

「な……なんで」

こんなにも動揺する主任を初めて見た。何がそうさせているの、と後ろからモニターを覗き込んで、私もぎょっと目を剥いた。