あんまり顔には出ないけど、たぶん、お互いそれなりに酔っていたんだと思う。


「はい、確かにお預かりいたしました」

必要最低限以外の明かりが消えた中、ぼんやりと光が漏れ出す小窓の向こう。
書類をざっと確認した後、それらを手元でかき集めながら、眼鏡をかけた初老の男性が単調な声色で言う。

「書類に不備等ございましたら、開庁時間内にご連絡いたします」
「わかりました。よろしくお願いします」

男性に負けず劣らずの抑揚のない声は、私の右上から降ってきた。

あ……いつも通りだ。
そんなふうに思うのも束の間、いつもとは違った白っぽいネクタイを締めた影は、暗がりの中を迷うことなく引き返していく。

「ちょっと! 待ってくださいよっ」
「置いていかれる前についてこい。いつも言ってるだろ」
「うっわ、今それ言います? 亭主関白はんたーい!」
「うるさいぞ、何時だと思ってるんだ」

静かに諌められ、小走りで肩を並べながらも眉根に深い皺を刻んだ。
……つい数時間前は、みっともないくらい弱ってたくせに。

「はぁ、ほんとむかつく。大嫌い」
「上司に面と向かって言うことか、それは」
「上司部下関係なく、面と向かって言える理由が出来たはずですが」

頑なな口調になったのは、普段の鬱憤が知らず知らずのうちにこもってしまったからかな。
普段、鋭い視線から解放される度に、デスクに戻る道すがら心の中でけちょんけちょんに貶しているのがバレたかもしれない。

……けど、まぁいいか。
今日はぜんぶ、お酒のせいに出来るはずだから。

あー、まだ足がふわふわしてる。
仕事じゃ絶対履かないようなハイヒールで、間違っても転ばないよう、アスファルトの地面を踏み締めて歩く。
……と、数歩進んだ先で、足音が重なっていないことに気が付いた。

「主任?」

引っ張られるように重心を引くと、口許を僅かに持ち上げた彼と視線が絡む。

「そうだったな。これからよろしく──奥さん(・・・)


小澤 環(おざわ たまき)、27歳。結婚願望ゼロ、何ならマイナスのアラサー女子……だったはずが。

日付が変わって、日曜日の深夜3時過ぎ。
なんと、人妻になりました。