「……っ、碧子さん……!! 」


スマホ片手に休憩に行ったと思ったら、すぐに戻って来た。


「今更だけど、仕事中は……」

「それ、本当今更だから。それより、ちょっと」

「だから、仕事中だっ」

「……だよね。でも俺も、これお仕事モードだよ。知ってるよね……? 」


タンッ……!
すごい音でキーを叩いたけど、今度はミスしてないのは事前に分かっていたからだ。
だとしても、囁くのも怪しいけど、仕事中、オフィスで、みんなの前で普通のボリュームで言うことじゃない。


「〜〜っ」


席を立って一応頭を下げたけど、誰も見てやしない。

――(てい)だった。


「……もう」


執務室を出て角を曲がると、ふと息を吐く。


「え、怒ってないの? 」

「怒ってないよ。だって、私のせいだし。でも、仕事中に引っ張るのはダメだからね。……あの場では、怒るしかないんだから」


溜息にならなかったのが分かったのか、丸くなってた目が優しく細くなった。


「ごめん。だって、嬉しくて。……でも、今のそれも、すごく嬉しい」


つられてお仕事モードが解除されてしまった、私の頬をそっと撫でる。


「……ね。めちゃくちゃな彼氏がいるの? 」


くる。絶対すぐ来るって、分かってたはずなのに。
からかい方も、でもちょっと不安なのか確認するように言われるのも。


「甘いのは嬉しいけど、めちゃくちゃで心配になっちゃうような彼氏がいるんだ」


SNSに投稿した文面どおりの台詞を繰り返され、心構えなんてちっとも意味がないくらい恥ずかしい。


「ありがとう。お願い聞いてくれて。それ、どうしてもすぐ……今、言いたかった」


本当に幸せって顔が、もっと私を照れさせて――もっともっと、私まで幸せにしてくれる。


「事実だし、私が書きたかっただけ。それに……もし、嫌な思いさせたらごめん」

「なんで? 嫌なわけないじゃん。碧子さんに彼氏だって公表されて、嬉しいって言ってるのに」


喜んでくれるのは嬉しいけど、この後迷惑かけないか少し不安だ。


「俺だって、名乗り出たいくらいだけどね。 でも、そんなことしたら、信ぴょう性逆に下がりそうだし。でも、その気持ちはほんと。ありがとね」

「私こそ」


出会いはどうあれ、相手が一穂くんじゃなかったら、きっとこんな気持ちにはなれなかった。
ずっと、冴えない現実とSNSとのギャップを埋めきれず、埋めようなんて発想もなくて、自分が始めたくせに受け容れることができないままだった。

その差を楽しむことを、悪いとは思わないけど。


『どう見ても、碧子さんだよ』


一穂くんのおかげで、何度も言ってくれたその台詞に、近づいていたくなったの。