「……碧子さん。今まで本当に一人だったの? 嘘でしょう……ってか、物理的にあり得ない」


スーパーで注目を集めまくった一穂くんが、まるでモンスターでも見たみたいな変な顔してる。


「なんで、そんな嘘吐くの。やらなきゃ仕方ないじゃない。自分しか荷物持ってくれないんだもん。だからって、何度も買い出し行く時間ないし。気合いで持つしか道がない」

「分かるけど。俺、自分の目が信じらんない。本気でその量一人で持って帰ってたの? 気合いでどうにかなる範囲超えてるから」


新婚さんごっこみたいに、きゃっきゃとカート押してたのは最初だけだ。
後はもう、恋人か奥さんを見るような甘い目が、モンスター映画見てる目になってた。


「力あるし。っていうか、毎日仕事帰りに行きたくなかったら、出すしかないの」

「それにしても、多いと思うけどね。自炊偉いけどさ、たまには楽もしなよ。……ほら、行こ」


(……持ってあげる、って言わないんだ)


そんなことでぶつぶつ言ってたくせに、何も言わずに持ってくれてる。
私が文句言うことを見越して、あんまり重くないのだけ残したりして。


「ありがと」

「いーえ。リュックに野菜まんまぶち込んでしょっちゃう子、初めて見た。野菜が哀れだから、早く帰ろ」

「だって、八百屋さんの方が大きいし、安い……」

「だって、が全然成立してないし。あー、もう。デートの甘い気分、これ以上減らさないで。帰ったら、まじ取り返すから……」


こんなこと、デートに分類してくれてるんだ。


(わんこだとはまったく思わないけど。そうなところは可愛いよね)


重いのに、こめん。
でも、本当は。
二人分を意識してしまって、いつもよりも多くなってた。


「今更甘えっこになる? 両手塞がってるのに、ひど。……足、治ってなきゃよかったって思わせたくなっちゃう」


道端で、普通のボリュームでそんなことを言う彼の腕を叩く。
それも想定通りって顔で笑った直後――歪んだ。


「……一穂くん? 」

「ん? ……どうするかな。めんど」


最近、こういうことが増えた。
スマホが着信を告げるたび、苛立ってる。


「浮気なんてしないから、安心して。どう片をつけようか、考えてるだけだから。俺、せっかく落とした碧子さんを裏切ったりしないよ」


(……ってことは、やっぱり……)


――彼女。


(……は、私だってば)


不安になることは何もない。
一穂くんが言ってくれたみたいに。

でも、ざわざわする。
好きだからだ。
いつの間にか私、誰だっていてもおかしくない元彼女の存在に動揺するくらい、恋愛してる。


「……知りたいの? いい気分じゃないのに、知りたいなんて……俺のこと、本当に好きになっちゃったんだね」

「……うん」


この前の一穂くんも、こんな気持ちだったかな。
大人になればなるほど過去はありがちで、増えてく一方。
今、好きなのはあなただけ――それは、いくら事実であっても、嫉妬される側の言い分でしかない。


「いいよ。別に、隠すつもりないし。泣きそうな碧子さん可愛いけど、そんな苛め方するつもりないから、ほんと、安心して……」

「……え、一穂……? 」


名前、呼び捨てにした。
簡単に、今までずっとそうだから、そんなの何も難しくないってくらい、自然に――私じゃない、別の誰かの可愛い声で。