「……な、に……」
「隠したいなら、何でそんな名前にしたんです? ……ああ、雰囲気会社と全然違いますもんね。ま、そりゃバレないか。もしかして、プライベートはこんな感じなんですか? それとも……」
――本当は、誰かに気づいてもらいたかったとか。
「な……んのこと。見てただけ……。第一、戸田くんに関係ないじゃない。返して」
身長差、こんなにあったんだ。
スマホを奪い返したいのに、手が空を切ってばかりで愕然とする。
「へー。じゃあ、もう一回ちゃんと見てみようかな。この人、浪川さんと同じ、鎖骨のところにホクロがあったような……」
「そ、そんなはず……!! 」
(鎖骨の出る服なんて、会社であんまり着てない……)
――って、しまった。
「あ、やっぱりあるんですね。さっき、写真でチラッと見えただけだったんですけど。……なんだ、浪川さんって」
思わずその辺りに手をやったのを見て、にっこりされて。
いつもと違う、はっきりと聞こえる声で耳打ちされた。
――堅そうに見えて、案外、簡単なんですね?
「……堅そうも何も、勝手なイメージでしょ。そもそも
、ここ会社だし。仕事中に軽そうな方が変じゃない。っていうか、自分はどうなの」
そんな屈辱的な言葉に泣きそうになるのを、ぐっと堪える。
バレたのは迂闊だったし、悔しいし、早く帰って泣きたい。
でも、ここで泣く屈辱の方が耐えられない。
「確かに、そうですね。でも、いいんですか? そんな口利いて。あんまり僕を苛めると、怯えてついうっかり、秘密バラしちゃうかもしれません……」
「俺」に変わったな、いや、そもそも何だったっけ。
そんなことを思う間もなく、わざとらしく「僕」に戻して。
なのに、口調は偉そうなまま。
「……ねぇ、今日、帰り待ってますね。僕はいつも定時で上がらせてもらってますけど、浪川さんは忙しいと思うから……下りてくるまで待ってます。今後のこと、お話ししなくちゃ。二人にとって、いい方法考えましょう? 」
――ね、先輩。
残業を言い訳にさせず、来るまで待ってるなんてどれだけ暇なの。
「二人にとっていい」なんて、あるわけない。
一体、どんなことを要求されるんだろう。
呼ばれたこともなかった「先輩」に、嫌な予感しかしない。
「あ。僕、あのキャラわりと気に入ってるんで、おかしなことは考えないでください。ま、そんなことできないって信じてますけど。それじゃ、楽しみにしてますね……って、忘れるとこだった。はい、どーぞ」
やっとスマホが手に戻ってきたのに、ちっともほっとできない。
――それからの時間、戸田くんに教えるなんて、まったくできなかった。



