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「怒ってる? 」

「……べつに」


会社近くのカフェは、時間を少しずらしても結構混んでいた。


「怒ってるじゃん。可愛い」

「……なんでそうなるの。じゃなくて、会社では言わなくていいって言ったばっかりなのに」


さすがに今日は、食堂や休憩室を使う勇気がなかった。
きっとこの話でみんな盛り上がるはずで、仕事中に聞こえるように騒がれるよりは、いないところで好きに言ってくれた方がずっといい。
寝坊してお弁当作らなくてよかった。


「だって、碧子さんもまだ俺のお願い聞いてくれてないよ? 」

「あの後、疲れて寝ちゃったの! 約束破るならお願いとか聞かない」


別に、は本当。
バレたこと自体は、それほど気にしてなかった。
最初からバレバレだったのもある。
なのに、約束を破られたことで拗ねてるなんて恥ずかしすぎる。


「……だって。やっぱ、やなんだもん。大郷とか他の男とか大郷とか」

「何も起こらないってば」


まあ、これでもう、誰にも説明せずに済んだし。
それで不安が解消するならいいか――……。


「それに……もうあんな思いしたくない。碧子さんが庇ってくれて、なのに俺はどうしていいか分からない、ただの新人って顔してるの。……結構辛かったんだよ」


――そう思ったのに。


「私、結構平気だよ? 」

「なんで? ……ねえ、碧子さん。ずっと思ってたんだけどさ」


――どうして、平然としてられるの?


「嫌なこと言われてるのに、表情変わんなくて。この前怒ったのだって、あれ、自分じゃなく俺の為だよね」

「ああいうのって、どこでもあるし。慣れ、かな」


人が集まれば、多かれ少なかれあんなことは起きる。
さすがに倉庫でナントカは、未経験だったけど。


「慣れても、イラッとはするでしょう。それか、俺みたいにまったく気にしないか。碧子さんはちょっと違う。上手く言えないけど、けろっとしてる感じでもないんだ。それ、本当に平気だから? ……違くない? 」


(意外とよく見てるな)


そう思って小さく笑うと、また拗ねる。


「何て言うかさ。無になろうとしなくていいんだよ。ううん。俺が側にいる時くらい、ならなくていいようにする」


でも、それも少しの間。
ドキッとしたのを、複雑そうに笑う彼は少し――結構、頼もしい。


「……ありがと」

「……ね。こうやって、会社のすぐ側で一緒にランチしてたら、また何か言われたりして」


丸くなった目をジトッと見上げると、素直なお礼に驚いてないよって、普通の会話に戻された。


「でも、わざわざ遠いとこ選ぶ方が怪しくない? 時間もったいないし」

「それ、付き合ってるのバラされて、公衆の面前で彼氏殴りかけた子の台詞? 碧子さんって、照れ屋のくせに変なとこであっさりしてるよね。でも、昼休みもったいないは確かに。ま、あいつらもカフェでヤッてたは言えないか」


(……笑うとこじゃない……)


何を想像したのか、くっと笑ってる一穂くんこそ。


「ん? だめだよ。さすがにカフェは捕まる。それに、お外はちょっとね。俺の趣味じゃなくてごめ、」

「……違うし!! 」


限界って感じで吹き出した後は、真っ赤な私を見るのが楽しくて堪らないって笑って。
なのに、イラッとしたのはほんのちょっと。


「……一穂くんだって」

「え? 」


私も気づいてたよ。ずっと前――きっと、まだ脅されてた時くらいから、ずっと。
私のことを「碧子さん」って呼ぶくせに。


『……子の台詞? 』


私を「子」ってふうにも呼ぶよね。


『女の子扱いしてるんだよ』


甘く甘く、そんなふうに。
それがわりとしっかりムッとするのに、それよりもっとすごく、くすぐったくてふわふわする。