「……何をそんなに拗ねてるの……」
「……狡い。反則。碧子さんのドS」
「……それは、そっちでしょ……!? 」
・・・
一穂くんが拗ねてる原因は確かに私なのかもしれないけど、別にそんなに照れなくても――そう。
拗ねてはいるけど、不機嫌とか怒ってるというよりは照れてばつが悪いらしいのだ。
「あのタイミングで言うなんて酷いよ。持つわけない。鬼」
『……すき』
自分でもよく覚えてない。
いや、好きだとは言ったけど、それがその。
『……っ、待って。碧子さんに今それ言われたら俺、持たない……』
つまり、それ。あれ。
「必死で我慢してたのに。絶対わざとじゃん。ドSがすぎる。付き合えて嬉しくて嬉しくて、それだけであんなになってる可愛い俺はどうなるの。そりゃ、出」
「べ、別に拗ねることじゃないでしょ……! そんな、その。よかったんなら、それで」
「よくない。俺が碧子さんを喜ばせたかったの」
ちょうどそんな時だったらしく、さっきからこの調子だ。
「……じゅうぶん、喜んだ。今までで一番嬉しかった。それが……伝わったって思うのはだめ……でしょうか……」
「……早いって思ってない? 」
「お、思ってないよ……! っていうか、寧ろしつこ……」
さっきまで不貞寝してたくせに。
いつの間に側に寄って、寝転んだまま私を抱きしめてるんだろう。
「だって、終わらせたくないんだもん。……終わったら、こうやってくっついたままでいる理由、碧子さんの中にはなかったから」
「もう、そんなこと思わなくていいよ」
まだ隙間があるって。
埋めようとされるのが恥ずかしくて、照れくさくて、甘い。
「……ん……。あとはー、やっぱ、仕事中は後輩だし新人だし。碧子さん、俺の研修そっちのけでバリバリ仕事してるから。俺のこと眼中にないって感じなの目に焼付けといて、夜それ思い出すようにしてんの」
「……意味分かんないよ。研修なんてもう必要ないし、仕事に集中するの当たり前だし、嫌ならわざわざ目に焼きつくほど見ないで」
甘酸っぱさが急激に何かに変化しようとして、腰が引いたのを見逃さずにぐっと抱いた。
「やーだ。好きだから見るし、そういうの見て週末を想像したらさ」
――すっごい、ゾクゾクしてくるんだよね。
「それでよく、人をSだの言えるよね……」
それで週末まで病み堪えたものを、散々発散するとか。
発想がどうかしてる。
「だめ。逃さない。俺、まだ拗ねてるんだよ。ね、機嫌取って。お願い聞いて」
「急に可愛いくなったって……」
(好きって素直に言っただけなのに、なぜ私が機嫌取らねば……)
「だって、謎の関係の人のままじゃ泣く。会社でわざわざ言わなくてもいいからさ。や、宣言してくれたら嬉しいけど、難しいの分かってる。だから、せめて……あっちの碧子さんには言われたい。彼氏だって、報告してるの見たい。……だめ? 」
一穂くんこそ狡い。
可愛い「だめ? 」も効いたけど、気づいてるのかな。
実は私は――あれをNamiじゃなく、「碧子さん」って呼んでくれた方にキュンとしてしまった。
「……いいけど」
「やった。ね、じゃあもうひとつ。本当はね、こっちのが絶対だったんだ」
「欲張りすぎ!!」
「だね。でも、本当にこっちは絶対聞いてもらうから」
そういえば、前回も結局二つお願いを聞いた。
今思うと、どっちもお願いなんていうほどのことじゃなかったけど。
でも、そう何個も次々聞いて甘やかしたりしな――……。
「……俺にも、碧子さんのお願い聞かせてよ」
――なのに、私を甘やかそうとしてる。



