「ねえ、知ってる? あの二人の噂」


トイレの個室でストッキング上げてる時に、自分の陰口に遭遇するとか最悪。


「知らないの、当の本人たちだけでしょ。真偽どうだったとしても、さすがにヤバくない? ……勤務中に、倉庫でヤッてるの見られたとか」


――特に、衝撃すぎて、そのままの体勢で固まった時とか。




・・・




「……で、俺を呼び出したの? 会議室にね」


『え、あ、の、な、浪川さん……? 』


腕を引っ張った時は、そんな演技してたくせに。
部屋に入って状況を把握するなり、ぷっと吹き出した。


「だって。それ、余計怪しくない? 今日は、場所変えてヤりたくなったのかと思われちゃうよ」

「そ、そんな。だって」


しまった。
聞いてた時は、ムカついて彼女たちにしっかり挨拶して出る余裕があったのに。
戸田くんの姿を見つけたら、急激にテンパっちゃって。


「俺は気にならないし、そんな碧子さんも可愛いけど。にしても、また話が大きくなったね」

「……のほほんと言わないでよ……」


余程弱った顔をしてるんだろう。
からかいはすぐに止んで、落ち着かせるように頭を撫でてきた。


「……ごめん」

「なんで、碧子さんが謝るの」


確かに、私は悪くない――って、言える?


「ねえ、なんで謝ったの。碧子さんは、何も悪くないのに。倉庫でって、すごい嫌がらせだと思うけど、悪いのそれ広めた奴らでしょう。……そんな顔、しないで」


頭から、耳、頬。
滑るように両手のひらが這って、最後は見上げさせられる。


「俺が無理やりしてるんだよ。そんな、罪悪感いっぱいみたいな顔、しないでよ」


もっと、徹底的に拒めばよかったのかな。
あんなアカウント、バラされても平気って、強気でいればよかったんだろうな。


「ねえ、碧子さん。どうして? 俺が新入社員だから? 入ったばっかで揉め事起こすの、心配してくれてる? それとも、やっぱ……年下だから? 」

「……それは、だって……」


おとな、として。


「俺、子どもじゃない。成人。後輩だけど、他に誰もいないし、碧子さんだって結婚してるわけじゃない。倉庫は置いといて、そこ、碧子さんが申し訳なさそうにするの変だよ。……傷つく」


(……大人……だから)


「いいかげん、男として見てくれないかな。俺、今、碧子さんのこと守りたいって思ってるのに。……俺のせいだって、こんなこと言う資格ないのも分かってるけど。でも、それでも……こんなふうに動揺してる碧子さん、俺が庇いたい」

「……一穂くんが庇ったら、逆効果……」


(……あ……)


優しく細くなった目が、突然まんまるになったのを見て気づく。


「だとしても、俺が黙ってるわけにいかないじゃん。……碧子さんの前で今、“戸田くん”じゃないなら」


週末の、あの練習のせい。
そんな言い訳が、この期に及んで狡くて情けなくて心の中で打ち消した。

彼も大人だけど、私も大人で。
最初こそ無理やりだし酷かったけど、それでも比べたのも選んだのも私だ。

――自分の選択に、責任もたなきゃ。