油断してた?
始まりを忘れて絆されるほど、甘い言葉を信じて帳消しにしてしまうほど、孤独なの?
「ん……、キスの時暴れなくなった。偉いね? 」
食い縛って抵抗してた口も、僅か二回目で緩んで。
受け入れ始めたのが嬉しいとばかりに、そっと撫でられる。
「……べ、つに」
唇を辿る指先は艷やかなのに、宣言どおり「いいこいいこ」して頭を包む掌はひどく優しい。
「別に、嫌じゃなくなった? 俺とこうするの」
あれからずっと、戸田くんは普通――ただの「ちょっと意地悪で、なぜか好意だだ漏れの後輩」だった。
そのせいで、気が抜けていたのもあるし、そのままでいてくれたら――そんな希望を信じていたかったのかもしれない。
「嫌って言ったら終わるの? 」
それが、週末またこんなふうに呼び出されて、一瞬で脆く崩れ落ちた。
「まさか」
「……だったら、無駄じゃない。戸田くんが言ったみたいに、事に集中した方が楽」
「集中、ね……。そのわりに、考えごとしてたみたいだけど」
優しく撫でられるまま、適当に流しておけばよかったかもしれない。
なんせ、彼は子どもだ。
私だってそう器用な方ではないけど、思ってなくても、戸田くんをご機嫌のままでいさせることは、わりと簡単にできた気もする。
「ほんと、傷つく。俺は、こんなに夢中になってんのに。碧子さんのなかに残りたくて、馬鹿か動物かってくらい、腰……」
「若いんだよ。それだけ」
若気の至り。
そんな言葉で括ってしまいたくないけど、そう思うしかなかった。
きっと、簡単に落とせると思った年上女がなびかないから、意地になってるだけ。
「若いのは嫌い? でもさ。若くても、ちゃーんと碧子さんにいろいろできるんだよ」
「若いのに、好きも嫌いもな……」
本来、お互いに対象外だ。
好きとか嫌いとか、プラスにもマイナスにも感情が揺らぎようがない存在。
「……こんだけやっても、まだそんなこと言うの」
わざとらしい可愛い声が急激に低くなって、まずいと思った時には遅かった。
「……っあ……っ」
「……あれ。好きも嫌いもない男に、そんな声出るんだ? まさか、僕みたいな子ども相手に感じちゃうの。それってどうなんですか、先輩」
どうもこうもない。
そんなの、良くないに決まってる。
「……っ、そっちこそ、なんで……」
「“なんで”? 碧子さんは女だって……俺にとっても他の男にとっても女だからって言ったじゃん。それに、俺は若いから? こうなるの、仕方ないよね? 」
それが私だってことは置いたとして、誰でもそんなことはあるかもしれない。
でも、いざ実行するかと言ったら、絶対に違う。
それに行く着くまでに、いろんなプロセスがあるはずだ。
「俺のこと見てよ。ちゃんと見て……」
「や……だ」
手の甲で手っ取り早く視界を塞ごうとしたのを先回りして、両手首とも掴まれてしまった。
「だめ。見てよ。俺が今、碧子さんでどうなってるか。別に、年上が好きなわけじゃない。俺をこんなにしてるの、碧子さんなんだよ。それ、ちゃんと分かって」
「……っ、わかんな」
「だから、なんで? 見たままだよ。碧子さん綺麗だし、それだけでもやばいと思うけど……それだけじゃない。好きだから、余計に盛ってる。簡単なことでしょう」
分かってる。
(だって、分かりやすい。目、イッてる)
これほど端的に「したい」を表した瞳があるだろうか――少なくとも、私の経験では彼以外に見たことがない。
「ほら、分かっちゃった。……欲しいんだよ。俺、こんなに碧子さんのこと……」
その目から逃れるように、視線の先を追って――もっとより分かりやすく主張したものにぶつかって、慌てて目を逸らした。
「これじゃ、伝わらない? それなら、させてよ。俺に、“好き”ってさせて」
そんなこと、できるの。
できるのなら、どうして――……。
「……ごめんね。我慢しないで。歳が離れてるのにおかしいなんて、俺は思ってないよ。俺がすることで、碧子さんが反応してくれるの嬉しい」
優しくキスされて。
まだ終わらせたくないって、ペース落とされて。
私――……。
「ほんの少し、伝わった……かな。うん……ちょっとずつでいいんだ。そうやって、ちょっとずつ。俺がこんなに好きだって知って……」
優しくできるなら、最初からしてほしかった。
プロセス追ってほしかった。
まさか、そんなこと思ってるの。



