全然寝てないのに、行きたくなんかないのに。
なぜか、ものすごく早く着いた。


(……いいや。どうせ誰もいないんだし、のんびりしよ)


パソコンも立ち上げたりしない。
ぼーっとコーヒーでも飲んでよう。

今朝は何も食べなかった。
野菜やたんぱく質中心の食事とか、写真あげてた自分に笑ってしまう。


『そんなにバレたくない? 』


まったくだ。
別に犯罪でもない。
寧ろ、頑張ったんだから、自慢しても誇ってもいいはずだ。
なのに、脅されるまま寝るとか、悪いのはもちろん彼だけど、屈する私の方がどうかしてる。

セックスだけならいいか――どこかで、そう判断したんだ。
バレるよりも楽だと、決めたのは私。
泣いたのは、行為自体が嫌だったからというより、そんな自分が情けなくて大嫌いだからかもしれない。


「……早いね」

「……っ」


物音に顔を上げる間もなく、戸田くんの声がした。


「……そっちこそ。いつも、ギリギリなのに」

「うん。さすがに眠れなかったし。……碧子さん、来てるんじゃないかなと思って」


眼鏡、下ろした前髪。
着慣れない感じが、より若く見せるシャツ。
どれも、「戸田くん」だ。
そのタメ口と、私のファーストネームを呼ぶ以外は。


「……その。大丈夫? 」

「……一回寝たくらいで、そんなにずっと泣いたりしないから気にしないで」


「あんたがそれを言うの」が出てこなかったことに少しほっとしたのか、ふと息を吐くと隣に座った。


「気にするよ。俺、一回? で、やめる気ないから」


眉を寄せるより、目をひん剥く方が先だったのが楽しいのか、小さく笑って私の頬に手を伸ばす。


「な……んで。一回で気が済んだでしょ? 私となん……」

「済まないよ。寧ろ、顔見て昨日の碧子さん思い出しちゃって……朝から大変」


曲げた指で撫でられ思わず仰反ると、反動でキャスターのついた椅子が滑り、ずり落ちそうになる。
笑って手首を握って捕まえると、「よいしょ」と自分の方寄せ、私の腰を固定した。


「言ったじゃん。誰でもいいなら、こんなことしないって。碧子さんだから欲しいの。どんなことしたって、ね」

「なんで、私……。会って数日だし、本当に当たり障りない会話しかしてな、」

「……そうだね。でも、好きになっちゃったんだから仕方ない。諦める気もないし」

「……す……っ……? 」


意味が分からない。
隣で、仕事教えてただけだ。
それだって上手くできなかったし、会話らしい会話もなかった。
それに何より、好きな相手にあんなことするわけ――……。


「だーって。碧子さんの性格から言って、結構年下の男、しかも自分が研修受け持った男に口説かれても、絶対相手にしないでしょう。子ども扱いだったじゃん。先生が小さい子に教えてるみたいだった。あ、もしかしてそういうの好き? ここじゃ癪だけど、ベッドでならいいかも。ね、教えて、センセ……? 」

「好きじゃな……!」


人差し指で止めて。
親指で縫うように唇を塞がれる。


「しーっ。そろそろ誰か来るかも。俺はいいんだよ? バレても全然。嫌なのは碧子さんでしょう? 静かにしなくちゃ」


また、キスだ。


「いいこだね。ほんと、誰か来ちゃいそうだから、後でまたお話ししようね。でも、本気なことだけは伝えとく。大好きだよ、碧子さん。俺が飽きたら終わる、とか思わないでね。本当はさ、動画撮っちゃおうかなとか思わなかったわけでもないんだよー? でーも、好きな人にすることじゃないなって我慢したの。褒めてね、先輩」


――()でいいからさ。


いすから、おちそう。

キャスターのせいなのか、足にまったく力が入らないからなのか、もう考えるのも嫌になってく。