『……どうしても、だめ? 』


甘く尋ねる声は幼いのに、いくら暴れても堪えない腕は大人だった。


『俺、リビングで寝るから。それも嫌……? 』

『……それ、今言うの? 』


無理やりしといて、よくそんなことが言える。


『やる前は、そんな余裕なかったよ。……でも、碧子さんにしたら、そうなのは……分かってる』


頭撫でたりしないで。
肩にキスしたりも、何の意味もない。
セックスに結びつかないことは、何ひとつしないでほしい。


『……ごめんなさい、碧子さん』


頬に張り付いた髪を耳に掛け、少し下から見上げられる。

馬鹿だ。
どうして、振り向いたりしたんだろう。
急に下手に出られて謝られたからって、信用できるはずも、許せるはずもないのに。


『脅したりして。最中も、意地悪して。……だって、当たり前なの分かってても、やっぱ拒否されると辛くて
。あと、すごい可愛……』

『……要らないったら……! 』


負ける。

負けたくない。


『……そんな状態で、外歩けないでしょう。他の酷い男まで惹きつける気? 』


なのに、泣いてるって。
今度こそ、言えばいいのに。
馬鹿にして、からかって、泣いてるって言えば。


『……送るよ』


もう、何も出てこなかった。
こんなの嫌だって、情けないって。
最低な人間の前で、泣いちゃう女の子には絶対なりたくなかったのに。
嗚咽で忙しい私の喉は、それ以上抵抗らしい声を発することもできなかった。





・・・




家に着いたら、もう日付変わってた。
私、どうかしてるのかな。
電車の中では、真っ先にシャワーを浴びたいと思ってたのに、違和感だらけの住み慣れた部屋で座り込んでる。

こんな部屋だったっけ。
何だか、静かで安全すぎて、別世界みたい。


(明日からも顔を合わせるのに、こんなことじゃダメだ)


何度目かそう思ってやっと、立ち上がれた。
まだ、気を抜くとすぐに座り込んじゃいそうだけど。


『……碧子さん』


何で、あのふざけた「先輩」呼びを通さないんだろ。
そういえば、攻めが終わってから――早く終われと思いながら、気持ちよさに抗えない自分を死ぬほど嫌悪しだしてからは、ずっと――。


『碧子さん』


戸田くん。私の名前、呼んでた。


『痛くない? 苦しくない? ……言いたくないよね。でも、痛かったら教えて。本当に、そうしたいわけじゃないんだ』


違うんだって。
必死で弁解しながら、でも、やめてくれなかった。


『……余裕なくて、ごめっ……ね? 碧子さんが最悪の気分だって分かってるのに、俺……最高』


それはよかった。
満足したなら、さっさと――……。


『……碧子さんの上にいるって思ったら、それだけでよすぎてやばい……』


そんな、謎のことを言いながら、ずっと。


(……シャワーあびなきゃ)


禍々しい優しさほど、一緒に消えてしまえばいいのに。