虎の威を借る狐姫と忍び

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 左之助が本丸に向かい取次のものに声をかけると、覚悟していた時間よりは早く目的の人物に会うことが出来た。

「やあ、待たせてしまって申し訳ない。国議が長引いてしまってね」
(この方が、正虎さま……)

 左之助の前に座る男が謝った。
 この男こそ、廣崎城主の息子で、嫡男の津路正虎である。また、左之助の主人の兄だ。
 黒く切れ長の涼しげな瞳が特徴的だが、かと言って威圧感があるわけではない。
 城主や姫君とはまた違う、優しく柔らかく、そして聡明そうな雰囲気に、左之助はたじたじとしてしまう。

「い、いえ……。こちらこそ急にお伺いいたし、まことに申し訳ございませぬ」

 廣崎の今後を背負う男を前にして、左之助はどうにか頭を下げて挨拶をした。
 大人らしい、優しい低い声がいやにくすぐったい。

「それで今日は何用かな」
「は! 本日は為景さまの命により、正虎様に文をお預かりしてまいりました!」
「…………為景の?」

 左之助が緊張気味に目の前に手紙を差し出すと、正虎は少しだけ驚いたように声を震わせた。
 彼は左之助の手から手紙を受け取ると、音も出さずに広げてその場で目を走らせた。

「…………なるほど、なるほど。そうか」

 しばらくして。手紙を読み終わった正虎は、小さな声でつぶやいた。
 正虎は、その次には影に声をかける。




「________いるか?」





 左之助には正虎が何もない空間に声をかけたようにしか見えなかった。何をしているのだろうと首を傾げる。

『……こちらに』
「!?」

 しかし次の瞬間には声が返ってきたのだ。
 若い男の声だ。声は正虎の影の中から響いている。よく見れば、正虎の影は風もないのにほんの少しだけ揺らめいているのが見て取れた。
 なるほど、異能使いが正虎の側に侍っていたのだと、左之助は理解した。

「炙りの紙と墨がほしいんだ。妹に手紙を書くから」
『……承知』
「よろしく頼んだ」

 影の忍びに指示をした正虎は、忍びからの色よい返事に満足そうに頷いた後、首をかしげながら左之助に笑いかけた。

「……私の忍びの異能なんだ。驚かせてすまないね。ものが揃ったらすぐに返事を書くよ」

 そう言いながら、正虎自身も持ったままの手紙を、どこからか発生させた炎で、ぼうッ、と燃やした。
 その熱が目の前の左之助の肌を撫でて、一瞬だけ痛みが走った。