これは、俺の幼いころの記憶だ。

 古い寺の客室。そこに敷かれた上等な布団の上で、その人はこれまた上等な服を着て横たわっていた。
 そして、その枕元に俺は座っている。


「……ひどい顔。大人たちに叱られてしまった?」


 そう言いながら、その人は包帯だらけの手で、握りしめた俺の手に触れた。
 柔らかくてきれいな指はささくれの一つもなくて滑らかで。
 だからこそ、安っぽい包帯の粗雑な感触が忘れられない。


「ごめんなさい。貴方のほうが何倍も強くて賢いのに、余計なことをしてしまったね。そのせいで、こんなに傷を作らせてしまった」


 ごめんなさい。そう何度も謝るその人に、俺は何かを伝えたかった。
 違います、貴方のせいではありません。
 でも、未熟な頭では高貴なその人に伝えられる言葉がうまく出てこなかった。
 それなのに、うつむいて黙り込む俺に、その人はひどく優しかったのをよく覚えている。


「ね、こんなものしかないけれど」
「…………なんですか」
「手拭い。これを冷やして傷口に当てると良い。受け取って」


 見るからに上等な布を、たかが一端の忍びにすんなりと手渡したその人。
 恐る恐る顔を上げて見た包帯だらけの顔は、しっかりと微笑んでいたのを、俺は今まで一度も忘れたことは無い。


 牡丹の刺繍が施されたその手拭いを、今でも心のよりどころにしていると言ったら、貴方はどのような顔をなさるのだろう。