今宵、仮初めを卒業したく。

「泣くなよ」

「だって、成臣さん……私、心配で……」

「心配してくれたのかい?奈津は優しいね」

「……優しいのは……成臣さん……です」

「それにしても、よくここまで来たね。もしかして俺の言葉を気にしているのか?」

「え?」

「社交場ではそれなりに振る舞ってもらおうと言ったことだ。奈津は頑張って妻の役目を果たそうとしてくれているのかと……」

言って、成臣は口をつぐんだ。奈津がひときわ大きな涙を流し眉を八の字に下げてわなわなと震えていたからだ。

「……奈津?」

「な、成臣さんは、か、仮初めでしかないでしょうけど……私は……成臣さんのことが……」

震えながらその先を口にすることはできず、奈津は唇を噛んだ。やはり成臣が奈津のことを"好きだ"などと言っていたのは、奈津の思っている"好き"とは違っていたのだ。やはり仮初めは仮初めだったことを痛感してそれ以上何も言えなくなった。

「奈津、続きを聞かせて」

「……嫌です」

「奈津。聞きたい」

成臣は奈津の手を取る。そこには成臣が贈った指輪が嵌められており、成臣は嬉しそうに微笑んだ。

「ほら、私は成臣さんのことが、何?」

「ひえっ」

みるみるうちに真っ赤になる奈津が可愛らしくて、成臣は助け舟を出す。

「俺は奈津のことが好きだ。奈津は?」

「私は……」

「うん、私は?」

「成臣さんのことが……」

「うん、成臣さんのことが?」

「す……」

「す?」

「……好きで好きでたまらないです!」

半ばやけくそで叫ぶように言った奈津だったが、思いのほか成臣のほうが照れて頬を染めていた。

「え、ちょっと、何で成臣さんが照れるの」

「だって、奈津があまりにも可愛いから」

「ひえっ」

奈津の悲鳴は成臣の逞しい胸板によって遮られた。

「ずっとこうしたかった」

頭の上から降ってくる優しい言葉に、奈津は思わず目を閉じる。恐る恐る成臣の背に手を回せば、見た目よりも大きいその背中に男らしさを感じた。

「これからは背中合わせで寝るのはやめよう」

「はい。でも、いいのですか?」

「何が?」

「だって、成臣さん、馴れ合う気はないって」

「俺は一目惚れだったけど、奈津の態度があれだったし」

「えっ、私のせいですか?」

「それに、そう言わないと結婚をしてくれなかっただろう?」

「そうかもですが、そんな賭け事みたいに」

「商売は賭け事だ」

「私は物ではありません」

「それはそうだな」

成臣は穏やかに笑う。つられて奈津もクスクスと笑った。

「奈津、仮初めはもうやめよう。正式な夫婦となってほしい」

「はい、成臣さん」

「好きだよ、奈津」

「私もです」

成臣が奈津の頬を撫でる。その手つきは優しく、奈津は自分から寄り添いながらうっとりとした。

見つめ合えば見つめ合うほどお互いの想いが高まっていく。

そして--。

求めあう二人はどちらからともなく口づけを交わしたのだった。


【END】