「上月和真といいます。はじめまして、よろしくお願いいたします」
上月くんは丁寧に頭を下げ、ケースから名刺を取り出して、夫へ手渡した。
夫は品定めでもするように名刺の肩書きを確認して、そして、上月くんを上から下まで視線をやると改めて「妻がいつもお世話になっています」と
頭を下げた。
「こちらこそ、蔭山さんにはとても助けていただいています。今日はシフト後に、市場調査につきあって頂いていました」
「市場調査?ですか……」
「ええ、当店のスタッフの方々に協力して頂いてるんです。飲食業なので、いろいろなお店の動向に気をつけていまして」
「ああ。そうなんですね。驚きましたよ。妻が男性と一緒だったので」
眼鏡を光らせて、裕一はゆっくりと彼を見た。
「それは、大変失礼いたしました。業務の一環なので、ご安心ください。時間分、きちんとお給料に計上しています」
上月くんはにこやかに微笑む。夫は渋々納得したみたいだった。
誰彼構わず喧嘩をしていた少年とは思えない愛想の良さに、つい、口が緩みそうになってわたしはうつむいてごまかした。
裕一はそんなわたしの様子をみたのか、眉をピクリとあげて
「……そういえば、そちらの店長か誰かと、同窓生と聞きましたが」
と尋ねる。
確かにその話はしたが、あまりちゃんと聞いていなかったからか、いろいろごっちゃになっているようだ。
「ち、違うって。彼と」
「私が、蔭山さん……、朝比奈先輩の一つ下の後輩だったんです。同じブラスバンド部でずっと一緒にやっていました」



