「やっぱりやめとけばよかった」
「な、なにが?」
「こうやって貴女とくることを、ですよ。どうしたって楽しくなって、仕事じゃなくなるから」
「ち、ちゃ、ちゃんと仕事してるよ!大丈夫! さっきもしっかり色々見てたし!偵察ばっちり」
「しーっ。そんな大きな声で言わないでよ、先輩」
「あっ、ご、ごめ……っ」
わたしはメニューブックに隠れるように頭を縮めた。不審がられていないかと周りを見渡す。
「……っ、やばい、先輩面白すぎます」

彼はくすくす笑い出した。また、からかわれたのだろうか。わたしは口をへの字にして髪を何度も耳にかけ、彼を睨んでから、メニューへ目を移した。

「なんでも頼んでくださいね。今日は僕の助手ということなので、奢りますよ」
「……、ふだん食べられないような高いメニュー、頼んでしまうかもしれませんよ」
「どうぞどうぞ。あ、でも、ちゃんと好きなものにしてくださいね」

ひとしきり笑った後、彼はそう言って椅子に深く座り直し、膝の上で軽く両手を組んだ。その優雅な仕草はほんとうに、イケメン若手起業家がインタビューを受けてるみたい。でも、少しだけ、目の下に影がある気がする。