彼は目を輝かせてわたしに迫ってきた。
「あなたの感性で、一番美味しそうなメニュー、食べてきてください!そして、感想を教えていただきたい。オーナーはたいてい雰囲気やら客層やら見てるんで、味の確認はあなたに任せます!」
「は、はぁ……」

黒田店長は再び、タブレットでその新店舗のメニューをチェックし始めた。隣でオーナーも覗き込んでいる。

三十代男性が立ったまま二人揃って作戦会議をしている姿は、できるビジネスマンそのもののはずだが、なんだかわたしには男の子二人がわちゃわちゃとしているように見えてしまった。微笑ましくて、今のいままで溢れそうだった涙が引っ込んでゆく。

(たのしいな。嬉しくて……、楽しい)

こわばっていた頬が柔らかく緩む。立ちっぱなしだったせいで張っていたふくらはぎの筋肉までも、ほどけていくようだった。

ふと、タブレットから目を上げた上月くんと視線が絡まる。わたしは、自然に、彼に微笑んでいた。感謝を込めて。

彼は一瞬大きく目を見開いたあと、ふ、と視線を外し黒田店長との会話に戻っていく。

さらさらの黒髪に隠れた頬が、ほわりと朱に染まったていたのは、わたしには見えなかった。