(全部つけっぱなしで行ったっけ? そんなはずないけど……)

ぱっと下を見ると、裕一の仕事用のビジネスシューズがきちんと脱ぎ揃えてあった。彼は帰ってきているらしい。わたしは口を開いた。

「ただいま。ごめん、遅く」
なっちゃって、と続けようとしたとき、廊下の奥、リビングから苛立たしげな大声が響いた。

「……っっ! ホントにさぁ! 呆れて物も言えないよ」

(……? 誰かと、喋ってる?)

わたしは靴を脱ぎながら首を伸ばした。どうやら裕一は電話をしているらしい。携帯を片手にドタドタと荒い足音を立てテーブルの周りを歩いているシルエットが見えた。

「僕に食べさせてもらってる身分で、夕飯も作らず遊びに行ってるんだよ、僕のだいじな奥さんはね」

彼はわたしに背を向けた形でそう言い放った。
最後の、「だいじな奥さん」には、嫌味がたっぷりと含まれていた。そして一瞬固まった後、裕一はハッとしたように顔をこちらに向けた。