マンションのエレベーターにはたいてい、鏡がついている。

これは、車椅子の方が位置を確認しやすいように取り付けられているそうなのだ。わたしは毎朝、この鏡に映る自分の姿を見るのが少し苦手だったが、今日はしっかりと自分の姿を映した。

(今日はとっても楽しくて、上月くんにも会えて懐かしかった。すっかり気持ちが高校生になっちゃったけど、ちゃんと戻らなきゃ)

タイムスリップしたようなふわふわした気分だったわたしを、鏡は正確に今へと戻してくれる。あの頃より少し栗色になった髪はカラーを重ねて艶がなくなっている。体型は変わっていないはずだけれど、全体的にハリがないような気もする。昔は友達とはしゃぎながら、冗談で「カワイイかわいい!」なんて褒めあったりもしたものだが、いまはそんな言葉をかけられることもない。

エレベーターに映るのは、三十五才の、次の仕事がなかなか見つけられない、少し疲れたただの主婦だ。

(また、あのお店に行こう。上月くんに会えたのもあるけど、音楽があるの、本当によかったもの)

楽しかった気持ちを夫に伝えたくて、ドアノブに手をかける。だが、鍵が掛かっていた。

(あれ、まだ帰ってないのかな。そっか。ご飯外で食べたのかも)

鍵を取り出して、ドアを開ける。暗い廊下が見えることを予想していたのに、部屋中の電気がついていた。