笑いながら首を横に振るわたしに、彼は
「いや、それは無理です。こういうのって、直らないものですよ。先輩だって、上の人に会ったらきっとそうなりますよ」
「……そうかなぁ……。うん、そうかもしれない」
「でしょ」
と真面目な顔で答える。二人で思わず吹き出してしまった。ひんやりした夜の空気に、小さな笑い声が溶けていく。

名残惜しい気もしたが、わたしはバッグを持ち直した。
「ありがとう。じゃあ、帰るね」
軽く手を振りながら後ずさりする。そのまま背中を向けようとしたとき。

「先輩、いま……。しあわせ?」

突然の問いかけに、わたしは咄嗟に頷くことができなかった。それでも、笑顔を作る。せめてもの、プライドだ。この人は幸せじゃないかもしれないなんて、誰が思われたいだろう。

「……うん。それなりに」

バッグの持ち手をぎゅっと握りしめる。裕一の姿が浮かんで、口元が引き締まった。

「じゃあね……」

くるりと振り向いて、歩き出す。この顔は絶対、彼には見られたくなかった。逃げ出すような気持ちで一歩を踏み出す。背中に鋭い声音が響いた。

「俺……。あれから携帯番号もメールも変えてないから! 先輩は?」
「変えて……ないよ」

怒ってるみたいな声で答える。
無機質な街の光のなかに、『Blue』も、上月くんも置いて、わたしは家路を急いだ。