「僕はあんまり吹けないんですけど、やっぱり音楽のある店にしたくて」
「そっかぁ。……めちゃくちゃ楽しみになってきたかも。吹奏楽部部長の選んだバンドだもんね」
「うわ。その言葉、めちゃくちゃ久しぶりに聞きましたよ……」

彼は屈託ない顔で笑う。つられてわたしも笑顔になってしまう。いつもそうだ。彼の笑顔はわたしの栄養剤だった。

「店は5時からなんですけど、よかったら先に入ってください。開けますよ」
「ううん、いいよそんな。準備とかあるでしょ?」

一応飲食店でパートしていたのだ。開店前がどれだけバタバタしているかくらいわたしでもわかる。オーナーの彼はよくても、きっと迷惑だろう。わたしは首を横に振った。

「でも……! こんなに久しぶりに会ったのに。いろいろ話したいんですよ。だって、前話したの、先輩がご結婚されるときですよ?」

わたしはぴくりと肩を揺らした。そうだ。確かに結婚前に彼と話した。簡単なメールのやり取りだったけれど。

「そうだったっけ……」
「え。覚えてないんですか?」
「お、覚えてるよ。でも、メールだけだったから」

もこもごというわたしを、彼はすこしだけ寂しそうに見つめる。「ですね」とさらりと言って、腕時計を見る。
そういえば、腕時計している男性を久しぶりに見た。

「まだ四時か。……よし、じゃあ別の店行きましょう」