その女性は「東条由貴」と名乗った。真っ直ぐな黒髪の、日本人形のような清楚な可愛らしさを持った女の人だった。

初めは、携帯にかかってきた一本の電話だった。
「蔭山裕一さんの奥様ですね。仕事で、彼の部下だった者です」
丁寧に挨拶してきた彼女は、思いつめたように、
「奥様に……、どうしてもご相談したいことがあります」と声を震わせたのだ。

玄関先に立った東条由貴さんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。わたしの番号を知っていることとか、裕一がたまに朝帰りしたことなどが頭をよぎる。

「と、とにかく。上がってください。お茶を淹れますから」

ぞわぞわした不穏な予感が足元から忍び寄る。彼女はそれでも立ったまま、動かない。やがて意を決したように口を開いた。

「私、わたし、お腹に赤ちゃんがいます。裕一さんの、赤ちゃんです……」

彼女はお腹を大切そうにさすりながら、まっすぐわたしを見た。

「……え?」

わたしは絶句した。言葉を失うとは、こういうことを言うのかもしれない。嫌な予感は大波となって、全身にざばりと降りかかってきた。ほぼ部屋着に近いような、カットソーとワイドデニムというラフな格好のわたしと、緩いシルエットのワンピースの彼女は、目を合わせたまましばらく動かなかった。