それでも、わたしは、上月くんにもらった勇気を振り絞って、何度も彼に「ね、大事な話があるの。これからのことだよ」と伝えた。でも、その度に彼はいらいらと「いまはそれどころじゃない」と取り合ってくれなかったのだ。

(きっと、バタバタしてたんだ。会社のことで)

悩んだりもしたに違いない。でもせめて、ひと言説明してくれたら……。
なんで話してくれなかったのかと唇を噛み締める。

「相談相手を求めていない」

出会った頃はきっと、そんなことなかったのだ。もっとたくさん話しをして過ごした。

長年のあいだに、気まずさや遠慮、そして面倒を避けたいという思いの破片が少しずつ少しずつ積もり続け、やかては互いの間に分厚く高い壁が出来上がった。

片側からは相手が何しているのかも、考えていることも見えない。

「じゃあ、一緒にいる意味なんて、ないじゃない……」

相変わらず、携帯から目を離さない彼を見て、わたしはぽそりとこぼした。

「とにかく、もう決まったことだから」

彼は乾いた声でそう答えるだけだった。

その翌日、沈んだ気持ちのまま『Blue』で仕事して、夕食の準備をしていると、ひとりの女性が訪ねてきた。