「でも今日のはほんとに急でした。空いてるバンドさんに頼み込んでいましたからね。日にちをずらした方がいいのではって言ったんですけど、どうしても絶対今日やるって。普段下準備をしっかりされる方だから、少し驚きましたよ。なにか理由があったんでしょうね」

わたしはもう一度、彼を見た。視線がぶつかる。上月くんは、グラスを少しだけこちらへ掲げてみせた。

ー元気だして、先輩ー

そう言われている気がして、また、不意打ちで鼻がツンとしてきてしまう。

彼は、落ち込んでいたわたしのためにこの慰労会を急遽開いてくれたのだと、なぜか確信した。だとしたら、昨日の今日で、どれだけ大変だったろう。そして、わたしの負担にならないよう、皆で楽しめるようにしてくれたのだ。

わたしは、心に決めた。家に帰ろう。帰って、裕一と話をしよう。上月くんが、勇気をくれたのだ。
わたしは、グラスを持つ手に力を込めた。

「先輩、どうでした?演奏会」

帰り道、彼は家まで車で送ろうとしてくれたが、わたしは丁寧に断った。自分の足で帰ろうと思ったから。
上月くんは、寂しそうに頷くと、駅まで送ります、と言って横を歩き始める。

「これは、俺の役目だから」

と頑なに離れようとしない。どうも彼はわたしの前で、スマートなオーナー上月和真のときと、やんちゃでワンコな後輩上月和真を絶妙に使い分けている感じがする。

(昔から、手のひらの上のような気がするんだよね)
と苦笑いしつつ、わたしも彼に伝えたいことがあったから一緒に歩いた。