「お先に失礼します。」


受付で警備員に挨拶して、未来は職員通用口を出た。今日も勤務が終わり、家路に着く。


翔平が転院して来て、しかし未来の日常は変わらなかった。自分の勤務してる病院に、今、翔平がいるというのに、未来は会いに行こうというそぶりも見せなかった。手術が成功したと聞いて、彼女は黒部のもとを訪れ、感謝の意を述べたが、その時も翔平の病室を訪ねようとはしなかった。


しかしそれを奇異に思う人間はほとんどいない。未来が今回の翔平転院の際に果たした役割を知る者は、病院内でもほんの一握りだったし、まして2人の過去の因縁を知っているのは、彼女たちにとっては中学時代の同級生だった本多恵ひとりと言ってよかった。


「未来。」


そして今、彼女を呼び止めたのはその恵だった。


「あっ、恵。お疲れ様。」


未来は笑顔で挨拶をしたが


「これからなんかある?」


と尋ねた恵の表情は厳しかった。


「ううん、別に。」


「じゃ、行くよ。」


「どこに?」


「とぼけないで!」


大きな声を出した恵を、ハッとして未来は見る。


「わかってるんでしょ?高城がずっとあんたが来るのを待ってるって。」


「恵・・・。」


「なのに、なんで行ってあげないのよ?」


詰め寄るような恵に


「今更、翔くんと話すことなんて・・・。」


少し小さな声で答えた未来。


「本気で言ってるの?」


珍しく未来に怒りを露にする恵。


「あの時、未来と急に連絡が取れなくなって、行方がわからなくなって、私たちがどんなに心配したか、どれだけあんたを探したか、前に私も話したよね。」


「うん・・・。」


「ましてや、あんたと高城はカレカノだったんだよ。高城がどんな思いで日々を送っていたか、未来にわからないはずないでしょ?」


「私と翔くんはカレカノじゃないよ。私の方から告白したことも、彼から告白されたことも・・・。」


「いい加減にしなよ!」


言い争う2人に、通り掛かる職員たちが何事かと目を向けて来るが、恵は意に介さずに言う。


「何考えてそんなこと言ってるのか知らないけど、あんなに未来のことを思い、大切にして来た高城によくそんな・・・。」


「仕方ないじゃん!」


ついに未来も感情を爆発させた。