本当に少しずつ、一歩ずつではあったが、着実に階段を上り始めた。翔平がそう実感できる日々が始まった。何よりも右足先の感覚が戻って来ていることに、翔平は手応えを感じていた。


そして、海の向こうでは、W杯が開幕した。長谷を初めとした代表メンバーたちに


『今日の初戦を勝てれば、一気に勢いに乗れる。とにかく走って走って走りまくれ!』


とのメッセージを送り、病室のテレビの前で、仲間たちに声援を送った。


試合は翔平のメッセージに応えるべく、代表メンバーたちは果敢に相手ゴールに迫ったが、相手の固いディフェンスに阻まれ、得点を奪うことが出来ず、0-0の引き分けに終わった。


「正直、今日は勝ち点3が欲しい相手でしたからね。それが1に留まったのは、やはり痛いです。今日の試合を見る限り、高城翔平不在の状況をどうするかいう課題を克服出来ないままに来てしまったという印象を強く持ちます。次戦までになんとか打開して貰いたいですね。」


解説者の厳しいコメントを聞いて、翔平がギュッと唇を噛み締めたのを、横にいた朱莉が気付いた。


(歯がゆいんだろうな。そして、やっぱりこんな時に病院のベッドの上にいなきゃいけないことが悔しいんだろうな・・・。)


翔平の心中は察して余りあるが、今の朱莉には、彼に掛ける言葉が見つからなかった。


この日は試合観戦が終わったあとにリハビリ室に降りた翔平。


黒部の作成したメニューに従って、動き始めた翔平だったが、この日のメニューをこなした後


「先生、今日はまだやれます。もう少し続けさせて下さい。」


メニューの追加を要望したが


「それはダメです。今はまだ経過観察中なんですから、オーバーワークは厳禁と黒部先生からも指示を受けています。」


とトレーナーにたしなめられる。今までなら、それで引き下がった翔平だったが、今日は調子がいいから、もう少し続けさせて欲しいと食い下がる。


しかし、トレーナーも譲らず、少し感情的なやり取りになって来たので


「翔平、病院にいる以上、お医者さんの指示は絶対だよ。さ、帰ろう。」


付き添いに来ていた朱莉が慌てて、割って入って、事態はようやく落ち着いた。


病室に戻る途中


「無理が禁物なのは、百も承知だが、こんなペースじゃ、いつまで経ってもよくならねぇじゃねぇか。」


と苛立ちを隠せない翔平を宥めながら、今の翔平の苛立ちの理由が実は他にもあることを、朱莉は察していた。