退院して、翔平が自宅に戻った時、夏休みは残り2週間を切っていた。今までなら、全く進んでいない宿題に焦り始める時期だが、今年は幸か不幸か、有り余る病院での時間を使って、ほぼ目途が立っていた。


(残り少ない夏休み、有意義に過ごさないと。)


今の翔平にとって最も有意義なこと、それは病院に通うことだった。リハビリは痛いし大変だったが、頑張れば、それだけ回復が早まり、大好きなサッカ-ボールを追いかけて、思い切りグラウンドを駆け回れる日々が近付く。


そして厳しいリハビリが終わった後には、あの笑顔に会える。


「翔くん、だいぶ歩き方がスム-ズになったね。」


「そうか。そういう未来だって、顔色が良くなって来たぞ。」


「うん。自分でも最近調子がいいと思うもん。」


「じゃ、2学期は学校行けそうだな。」


2人の会話は尽きなかった。


やがて2学期が始まった。始業式の日、翔平は松葉杖なしで登校した。未来に会いたい一心で、リハビリに通い詰めた成果だった。授業が終われば、グラウンドに飛び出し、学校のチ-ムの練習。11月に地区大会があり、それが翔平たちにとっては当面の目標だ。


(ケガでみんなに後れを取っちゃったけど、ここから挽回して、必ずレギュラ-になる。未来にカッコいいとこ、見せないと。)


翔平は張り切っていた。


その未来は、翔平に遅れること約1ヶ月。9月末に4ヶ月ぶりに退院した。その時は迎えに行けなかった翔平だったが、授業が終わると、一目散に未来の自宅に向かった。訪ねるのは初めてだったが、自分の家から歩いて15分ほどの距離だった。


「未来、退院おめでとう。」


学校が始まってからも、定期的に病院に通っていた翔平だったが、初めて病室以外で見る未来は、まぶしく彼の目に映った。


「ありがとう、翔くん。」


少し恥ずかしそうに、でも満面の笑みで翔平を迎えた娘を見て


(翔平くんに出会ったお陰で、未来の表情が一段と明るくなって、元気になった。)


景子は彼に素直に感謝していた。


「じゃ、明日は迎えに来るからな。」


「本当?嬉しい。」


2人が実は同じ中学だとわかったのは最近のことだった。クラスは違ったし、未来は入学してからほとんど学校に通えてなかったから、仕方なかったのだが、それがわかると2人は大いに喜んだものだ。


そして当日、玄関前で待っていた翔平に


「翔くん、お待たせ。」


家から出て来た未来が声を掛ける。


「おぅ。」


と答えながら、未来を見た翔平はハッとした表情を浮かべた。それに気付いた未来は尋ねる。


「どうしたの?」


「い、いやなんでもねぇ。行くぞ。」


「うん。」


コクリと1つ頷いた未来を見て、翔平は慌てて視線を逸らすと歩き出した。