「未来、俺、退院なんかしたくない。」


「えっ?」


「お前を残して、自分だけ退院したって、俺はちっとも嬉しくねぇよ!」


訴えるように言う翔平の顔を、未来は見つめていたが


「ひょっとして、翔くんは私より先に退院することに、後ろめたさを感じてる?だとしたら、それは違うよ。」


と静かに言った。


「ここは病気やケガをした人が、治療をして、普通の生活に戻る為の場所なの。だから、健康になった人の居場所なんかない。居ちゃいけない場所なんだよ。そして、症状やケガの程度は今ここにいる一人一人、当たり前だけどみんな違う。でも、みんな一緒に病気やケガと戦った友だちや仲間なの。だから、そんな仲間がここを去って行くって、見送る方にとっても、本当に嬉しいことなんだ。『よく頑張ったね、おめでとう』って、心から思えるんだ。だから翔くんも胸を張って、『ありがとう、お前もしっかりな』って、私に手を振ってくれればいいんだよ。そんな翔くんに私は言う。『またグラウンドを力一杯駆け回ってね、応援してるよ。』って。」


「未来・・・。」


「そしてもう1つ。『そのうちに必ず翔くんの試合の応援に行くから、その時はよろしくね。』って」


その未来の言葉に、翔平はハッと彼女を見る。


「翔くん、私だって、生まれてからずっと病院にいるわけじゃないんだから。そんな時間がいつか必ず来る。だから、それまで待っててね。」


そう言い終わった未来は微笑み


「わかった、待ってるからな。」


翔平も笑顔で頷いた。


「でも翔くん?」


「うん?」


「それが実現するまで、まだちょっと時間がかかると思うから、それまで暇が出来たらでいいから、たまに私に会いに来てくれると嬉しい・・・な。」


一転、少しはにかんだ表情になった未来に


「そんなの当たり前だろ。退院してもまだリハビリに通うし、普通に歩けるようになったら、毎日でも来てやるよ。」


翔平は力強く言う。


「本当?」


「本当に決まってるだろ。お前がもうウザいからいいって言っても、通うからな。覚悟しとけよ。」


「そんなこと、言うわけないじゃん。」


そんなことを言い合って、2人はまた笑顔を交わし合った。


翌日。翔平は退院した。迎えの車に乗り込む前、翔平はふと病室を見上げた。その視線の先で、未来が手を振っている。力強く、手を振り返した翔平は


(またな、未来。)


と心の中で告げると、車に乗り込んだ。そして、その車が見えなくなるまで、未来は窓際から、動こうとはしなかった。