ドイツの病院側の受け入れ態勢が整ったとの連絡を受けて、翔平の出発が2日後に決まった。翔平が去ることになったあとの京王記念病院側の対応は冷ややかなものだった。主治医の遠山は、代わりの医師を寄越して、顔も出さなくなったし、他のスタッフたちの態度も、もはや事務的だった。


「なんなの?この病院。信じられないんだけど。」


憤る朱莉の横で、翔平は苦笑いするだけだったが、そんな中、ただ1人、今までと変わらない態度で翔平に接して来たのが、リハビリトレ-ナ-の松山だった。


「高城さんがこの病院にいらっしゃる限りは、私の担当の患者さんですから。私の出来得ることをして差し上げるのは当然のことです。ましてドイツに行かれるとなれば、リハビリもいったん中断せざるを得ない。その高城さんにこちらにいる間にロスタイムを与えてしまうなんて、あってはならないことですから。」


考えてみれば、至極当然のことを言ってるだけだったが、今の翔平には心にしみる言葉だった。この日も午前中のリハビリを終え、昼食を済ませた翔平のもとに1人の看護師がやって来た。


「高城さん、藤牧未来さんという方が面会にいらしたそうですが、いかがなさいますか?」


「えっ?」


その名前を聞いた瞬間、翔平は耳を疑い、凝然となり、居合わせた朱莉も、驚きを隠せないといった表情で、翔平の顔を見ている。


「どうか、なさいましたか・・・?」


2人の様子の異様さに、思わず看護師が尋ねると


「その人は確かに藤牧未来と名乗ったんですか?」


我に返った翔平は、勢い込んで聞いた。


「は、はい。そのように受付から聞いてます。」


その勢いに、ややたじろいだように答えた看護師に


「すぐにお通しして下さい!」


間髪入れずに翔平は言った。


「わかりました。」


頷いた看護師は、すぐに病室を後にする。


「翔平・・・。」


呼び掛けて来た朱莉の方を見向きもせず、翔平は看護師が出ていった扉の方をじっと見つめている。


(未来が・・・とうとう会いに来てくれた。元気だったんだ、生きてたんだな、未来・・・。)


その名前を心の中で呼んだ時、翔平の胸に熱いものがこみ上げて来ていた。