「とにかくだ、高城の方から、もう1度診てくれとでも頼まれるならまだしも、すでにドイツでの再検査も決まってる状況じゃ、俺がノコノコ出て行く幕じゃねぇだろ。」


「でも・・・。」


「だいたいお前は、何で俺に高城をもう1度診せたいと思うんだよ。」


「先生は京王記念病院での手術に不安を抱いてらっしゃいました。」


「えっ?」


「先生はあの時、私におっしゃいました。『昔の名前で出ていますみたいな人に、今回の手術が手に負えるといいけどな』って。つまり先生は翔平選手のケガは遠山先生では手に負えないかもしれないと思ってらしたということです。」


未来の言葉に、黒部はハッと息を呑んだ。少し沈黙が流れた後


「俺、そんなこと言ったか?」


確認するように黒部は言った。


「間違いなくおっしゃいました。」


即答する未来に


「参ったなぁ。」


黒部は頭を掻いた。


「なぁ未来ちゃん、俺は態度はでけぇし、いつも言いたいこと言ってて、怖い物なしくらいに思われてるのかもしれねぇが、俺だってこの古い封建社会のような医者の世界で生きてるんだ。怖い物も頭が上がらないものもあるんだぜ。俺たちの世界には学閥というのが厳然としてあってさ、遠山ってぇのはまぁ俺にとっちゃ、かなりたどって行くと師匠筋と言うか、親分筋に当たるんだよ。そんな奴の前にしゃしゃり出て行ったらどうなるか、あんただって医療の世界にいるんだから、わからねぇわけじゃねぇだろ。」


「未来はよくわかってるはずです。もともとこの子は医師志望だったんですから。」


横から口を出した恵の言葉に、いよいよ唖然とした黒部は


「じゃ、もう1つ現実的な話をしよう。家、建てる時な、まっさらな土地に建てるのと、建ってる家リフォームするのと、どっちが手間がかかると思う?」


急に話題を変えた。


「それは・・・手間ということだけを考えたら、リフォームの方が大変だと思います。」


未来が答えると


「そうだろう。それと同じでな、確かに最初に診察した時点では、俺は手術を成功させる自信はあった。だけどな、あれから半年以上も経って、あのオッサンがやり散らかした後始末をしろって言われても、まず患部がどうなっちまってるのか診ないことには、なんとも言えねぇよ。」


諭すように黒部は言った。