その後、表面上は通常通りの勤務を続けながら、しかし内心では未来はずっと1つのことを考え続けていた。そして、ついに心を決めると、1度退勤したあと、今度は一般の入口から再び病院に入った。目指すは整形外科病棟、ナースステ-ションでお目当ての人物がまだ在院中であることを確認すると、未来は真っすぐに彼の診察室を目指した。


扉の前に立ち、1つ深呼吸をすると、未来はノックをした。


「黒部先生、第2内科病棟の看護師、藤牧未来です。少しお時間、よろしいでしょうか?」


「どうぞ。」


中からすぐに返事があり、未来は中に入った。


「失礼します。」


「未来、どうしたの?」


中には黒部だけでなく、恵もいた。どうやら指導の最中だったようだが、2人共、突然の未来の来訪に驚きの表情を浮かべている。


「先生、今日はお願いがあって参りました。」


「お願い?」


訝し気に問い返した黒部の目を真っすぐに見て


「高城翔平選手をもう1度、診察をしてあげて下さい。お願いします!」


そう言って、深々と頭を下げる未来を黒部も恵も呆気にとられて見つめる。


「お嬢さん、藪から棒に何を言い出すんだ。」


とようやく黒部が口を開いた時には、1分近くが経過していた。


「翔平選手がドイツに再検査に行くことはご存じですよね?」


「だいぶマスコミが騒いでるからな。」


「ケガの回復状況が芳しくないというのが理由だそうですが、京王記念病院での手術が失敗だったという話も聞こえて来てます。」


「ちょっと未来、滅多なことを言うもんじゃ・・・。」


慌てる恵を手で制して


「それで。」


黒部が先を促す。


「翔平選手を最初に診断したのは先生です、本当なら先生が翔平選手の手術をされるはずだったんです。だとしたら先生が最後まで責任を持つべきだったんです。」


「なんかわかったようなわかんないような話だが、確かに高城を最初に診察したのは俺だ。あの時の現実を奴に説明したのも俺だ。だがその上で、俺ではなく遠山医師の執刀を望んで、転院して行ったのは奴の方だ。」


「でも翔平選手は本当は先生の執刀を望んでいたのに、周囲の反対で仕方なく転院を受け入れたとも聞いています。」


「それ、どこの情報だよ?どうせネット辺りの与太情報じゃねぇの?」


懸命な未来に対して、黒部は呆れ顔になる。