「前にも注意したはずだけど。」


と言いながら、距離を詰めて来た夏目は


「今、私たちがいるところは学校でもカフェでもないのよ。なのにさっきの食堂でのあなた達の態度はなに?」


厳しい口調で言って来る。


「いかに休憩時間とは言え、キャ-キャ-言って抱き合ったりして。だいたい本多さんは研修医とはいえ、れっきとした当病院の医師よ。その先生を看護師であるあなたが職場で名前呼びなんて、失礼極まりない。あなた達が同級生なのは知ってるけど、それとこれとは話は別でしょう。もっと弁えてよ!」


「はい、申し訳ありませんでした・・・。」


未来が殊勝な態度で頭を下げると、1つため息をついて、夏目は離れて行った。その後ろ姿を見ながら、未来の方も内心ため息をつく。


医師と看護師は、本来医療に携わる同僚のはずなのだが、医師と看護師は従属関係にあるという意識が、特に看護師の方に強い。現実に医療現場では医師の指示で看護師が動くという場面が多いので、仕方ないのかもしれないが、今の夏目の発言は、まさにその意識の表れだ。


それに加え、未来と夏目の間には別の問題があった。


実は夏目は未来より2歳下、しかし3年制短大を卒業して21歳からここに勤めている夏目に対して、事情があり、人より社会に出るのが遅れた未来は、就職年次も看護師としてのキャリアも夏目に遅れていた。つまり「年下の先輩」なのだ。社会に出ると、遭遇することになる面倒くさい存在、と言ったらきっと怒られてしまうだろう。


未来としては常識的に夏目を先輩として立てているつもりだ。しかしなぜか夏目の方が、なにかと厳しく当たって来る。もちろん、言われて当然ということもあるが、理不尽なと思えることを言われることも少なくない。今回のことも、自分が敬語を使って接している存在に対して、「後輩」がタメ口をきいて、親し気にしているのが恐らく気に入らないのだろう。だが確かに多少はしゃぎ過ぎた感はあったかもしれないが、所詮は休憩時間の食堂での話であり


(どうでもいいじゃん、そんなこと。)


正直言いたくなってしまう。が、もちろんそれを口にすることなく、未来はこの後も何事もなかったかのように勤務を続けたが


(人間関係に何の問題もない職場なんて、きっとないんだから仕方ないんだろうけど、でもやっぱり・・・。)


そんな思いが、胸の中にわだかまっていた。