黒部の去った病室では


「なんなのあの医者、偉そうに。一体何様のつもりよ。」


と、朱莉が怒りを露にしていた。そして翔平を見ると


「あんな医者に大事な手術なんか任せられないよ。はっきり言って、こんな埼玉の無名病院の訳のわかんない医者じゃなくて、東京の有名な病院で、もっと信頼のおけるお医者さんが必ず見つかるはずだよ。」


諭すように言った。が


「朱莉は少し黙っててくれないか、これは俺の問題なんだ。」


翔平は厳しい口調で彼女に言う。


「翔平・・・。」


そんな翔平に、朱莉は息を呑み


「翔平、朱莉さんになんてこと言うの?心配してくれてるのに。」


朱莉へのあまりの物言いに、母親が窘める。その言葉にハッとした翔平は


「朱莉、ごめん・・・。」


と気まずそうに謝る。が朱莉は


「ううん・・・。」


と言うと、下を向いてしまう。


「とにかく手術を、それも早急に受ける必要があることは議論の余地がないことは間違いありませんが、問題はどこで、どの病院で受けるかです。先ほどの診断内容をドイツに送って、所属クラブの意向を確認する必要があります。」


今度は翔平のマネ-ジャ-が口を開いた。昨日の試合は日本代表として出場した翔平だが、彼は現在、あくまでドイツのクラブチ-ム所属の選手なのだから当然のことだろう。


「それはごもっとなことで、マネ-ジャ-さんにはすぐに動いていただくとして、ただ今回の場合、翔平がケガをしたのは国際試合、クラブチ-ムの試合じゃない。従って治療費は日本サッカ-協会の負担になります。」


今度は代表チ-ムのスタッフが口を挟んで来る。


「クラブチ-ムの意向は尊重はしますが、あくまで私どもとしては、翔平の為を第一義に考えて行きたい。そこでだ翔平、彼女さんがさっきおっしゃったのはもっともだと思う。とにかくあの医者の腕は未知数だし、設備やそのあとのリハビリのことを考えても、この病院じゃ心もとない。とりあえず協会代表チ-ムと太いパイプがある京王記念病院に転院したらどうだ?あそこなら医師も施設も十分信頼できる。あそこで改めて診断してもらおう。」


サッカ-協会の意向を受けての発言であることは明らかだった。だが翔平はその人物の顔を見て


「別の病院で診てもらっても、切れた靭帯が繋がるわけじゃないでしょ。」


と少し冷めた口調で言った。


「それはそうだが・・・。」


翔平の思わぬ物言いに、スタッフは口ごもる。