担架が来る間にも、長谷たちは懸命に声を掛けるが、翔平は「痛ぇ」という言葉か呻き声を上げるばかりだった。最初は翔平と共に倒れ込んでいたオーストラリアの選手も今は立ち上がって、心配そうにその様子を見つめている。


やがて担架が来て、スタッフの手で乗せられる。


「おい、出来るだけ静かにな。」


そんなことはスタッフだってわかりきっているはずだが、長谷は思わず言ってしまう。そしてゆっくりと担架が持ち上げられると


「翔平。」


もう1度、長谷が声を掛けると、それまで1度も返事が出来なかった翔平が懸命に目を開け


「長谷さん、あと頼みます・・・。」


そう言葉を紡ぐ。


「わかった・・・任せておけ。」


長谷が頷くと、翔平は微かに笑みを浮かべて、また目を閉じた。


「お願いします。」


長谷の言葉で、スタッフたちが歩き出す。そしてスタンドからは大きな拍手が沸き起こる。担架を少し見送って、長谷がポジションに戻ろうとすると


「スミマセン・・・。」


件のオーストラリア選手が、日本語でそう言って、神妙な表情で頭を下げて来た。一瞬、その顔を見つめた長谷は、次に彼の肩をポンと叩くと走り出す。その後ろ姿にまた軽く頭を下げたオーストラリア選手は、俯き加減にピッチを後にする。先ほどのプレ-が危険行為と判定され、審判からレッドカ-ドが示され、退場処分となったからだ。


試合は再開された。その一方、グラウンドの外は試合経過とは関係なく、慌ただしくなっていた。翔平はそのままスタジアムの救護室に運ばれたが


「これはここで応急処置どうこうなんてレベルのケガじゃない。すぐに救急車を手配して、ウチの病院に運んでくれ。」


この日、スタジアムドクタ-として城南大学病院から派遣されていた医師は、一見してすぐに周囲に指示した。すでにモニタ-で様子を見ていて、病院側と連絡を取り、受け入れ態勢の確認は取れているようだった。


その横で、緊張を隠せない表情で本多恵が立っている。研修医である彼女は正直、半分物見遊山のような気分で、当番の医師に頼み込んで同行して来たのだが


「まさか君に来てもらったのが、思わぬ形で役にたつことになった。俺は試合が終わるまで、ここを離れられないから、君が高城選手に病院まで同行してくれ。詳しく調べなければわからんが、これは恐らく黒部先生の出番だ。」


という医師の言葉に、表情を固くした。