恵が黒部の代理として、翔平の定期診断に訪れたのは、彼が転院してから、3週間が過ぎた頃だった。


「高城、あんたちょっと太った?」


診察室で顔を合わせた途端に、恵が尋ねると


「わかるか?ここは飯が旨くてさ。だって、近くの海で採れた新鮮な魚の刺身とか出て来るんだぜ。その上、1日の疲れを癒してくれる源泉かけ流しの温泉。そりゃ、食も進むぜ。」


悪びれず答える翔平。


「ちょっと、ここに何しに来てるつもりなの?」


呆れる恵に


「リハビリに決まってるだろう。ここの梶原トレ-ナ-はスパルタだからな、毎日頑張ってるぜ。」


翔平は胸を張る。


「まぁ確かに・・・こちらの先生やトレ-ナ-さんからの報告を見ても、今実際にさっき撮ったMRIを確認しても、まぁ一歩一歩前進はしてるな、とは思う。」


「ああ。本当に毎日痛い思いはしてるが、まぁ変な言い方だが、前向きな痛さだと思えるんだ。なんだかんだで、ケガをしてからもう8か月も経っちまった。ずっと一進一退で、もうダメかと覚悟を決めた時もあったんだが、今は違う。本多、ここのスタッフはみんな明るいんだ。俺たち患者は、それこそ歯を食いしばって、痛みに耐えてリハビリに励んでる。でもさ、痛ぇって言っても、『痛いのは当たり前です。でもその痛みと引き換えに、ゴールに近づいて行くんですよ。』って、スタッフが明るく励ましてくれる。前までは正直、悲壮感を漂わせてやってきたんだけど、つられてこっちも明るくなって来てさ。」


「そっか。」


「俺、思い出したことがある。未来がさ、あんなに何度も入退院を繰り返してたけど、少なくても俺たちの前ではいつも明るくて、前向きで。そうじゃなきゃ、病気には勝てない。彼女もある時、気付いたんだろうな。」


「・・・。」


「それだけに突然、死を突き付けられて、未来がどんなに動揺して、嘆き悲しんだが。そんな自分を俺たちに見せたくなかった気持ちも、今なら・・・わかる。」


「そう・・・。」


そこで、会話が途切れる。恵から視線を外し、何かを思うような仕種をしていた翔平は


「なぁ、未来は元気にしてるか?」


意を決したように彼女を見ると尋ねた。


「相変わらずだよ。」


と答えた恵の表情は変わらない。