「それから今日まで3年間、私たちは付き合ってたことになる。一応『恋人』だから、人前でいちゃいちゃしたり、時にはキスもして見せたし、一緒の部屋に泊ったことも何度もあります。でも信じてはいただけないでしょうけど、私たちの間にはそれ以上のことは本当に何にもなかった。笑っちゃいますよね、笑うしか・・・ないよ。」


「朱莉、さん・・・。」


「あのバカ、本当に1度として、私に手を出そうとする、そぶりすら見せなかった。私を・・・なんだと思ってたんでしょうね?そんなに魅力なかったのかな、私。好きでもない男に、偽恋人の話なんて、持ち掛けるわけないじゃん。偽だろうとなんだろうと、私が側に居れば、藤牧さんは翔平に近付けなくなる。私がそう計算してたことくらい、少し考えればわかりそうなもんじゃない。女心がわかってなさ過ぎるよ、アイツ・・・。」


ここまで平静を装っていた朱莉が、ついに感情を顕わにした。そんな朱莉を、言葉もなく見つめる恵。車はいつの間にか、駅に着き、そのロータリ-に車を停め、朱莉の独白は続く。


「私、ついに一昨日、彼に告ったんですよ。高校生の時から好きだったって。そしたら真顔でビックリされちゃった。わかってたんですよ、本当は。翔平が試合途中、なにかあるとユニフォ-ムの右ポケットに手を入れるシーン、見たことありません?」


「あるような気がします。」


「お守りを触ってるんですよ。中学の時、藤牧さんからプレゼントされたもの。もう手垢で真っ黒になってるそのお守りを、翔平は今でも大切に持ってる。」


「・・・。」


「『すまん、俺には未来しか見えない』って、またまた宣言されちゃいました。ここまでピエロにされたら、さすがに諦めるしかない、いっそ清々しさすら感じちゃいました。」


泣き笑いの顔で言う朱莉を見ていられなくなって、恵は思わず視線を逸らす。


「それが翔平の本当の気持ちです。だから意地を張ってないで、勇気を出して、翔平の胸に飛び込んで行けばいい。藤牧さんにそう伝えてあげて下さい。私から伝えようかとも思ったけど、さすがに私もそこまでお人よしにはなれないし、強くもない、から・・・。」


恵の方を見ることなく、絞り出すようにそう告げた朱莉は


「明日、アメリカに発ちます。さっき、翔平には偽恋人はこれでおしまいって、正式に通達して来ました。」


と続けた。


「朱莉さん・・・。」


「しばらくは向こうで仕事に打ち込みます。もっとも見合いをしろって、すぐに呼び戻されるかもしれませんけど。」


そう言いながら、目にいっぱいの涙を浮かべ、苦笑いとも自嘲の笑顔ともつかない表情を自分に向けた朱莉を見て、恵はもうなにも言えなくなっていた。