原田くんの赤信号

 主治医は、原田くんの意識回復を奇跡だと言った。これだけ長期の昏睡状態から目覚めることは稀で、神の仕業にしか思えないと。

 福井くんを含め、原田くんの友人たちは、意識を取り戻した彼に会うためこれまで以上に足繁く病院へと通った。
 返答がある、会話ができる、コミュニケーションがとれる。
 それが心底幸せなのだ。

 わたしももちろん、その内の一人。
 今までも週に二回は病院へ足を運んでいたが、二回が三回になり、三回が四回になっていった。

 病室の扉を開けると、原田くんは手を振ってくれる。親戚との会話の途中だろうが、潤くんたちとお笑いの話で盛り上がっている最中だろうが、毎回「瑠美、来てくれたんだ」って、満面の笑みと共にそう言ってくれる。

 半年間使っていなかった手足のリハビリも順調に進み、夏の終わりと原田くんの退院の目処が立った頃。
 扉を開けた先には彼ひとりという、絶好のタイミング。

「原田くんっ!」

 わたしは勇気を出した。

「退院したら、わたしとデ、デート、してくれませんか!?」

 入室するやいなや、突として敬語で申し出たわたしを、原田くんはからっと笑っていた。

「なんだよ瑠美。デートってなに。今度は福井への誕生日プレゼントでも買いに行くの?」

 事故直前の記憶はあやふやなのか、原田くんはおそらく、わたしに告白したことなど覚えていない。
 そしてわたしが福井くんを今も好きだと、そう思っている。

 わたしは腿の横で、小さく拳を握った。

「わたし原田くんと、アイス食べたいの!」
「アイスぅ?」
「ほら、冬に奢ってくれたでしょ!?メロンシャーベット!」
「あー……」

 思い出をたぐり寄せるように、束の間天井を見上げた原田くんは、寸刻黙ってから「うん」と頷いた。

「寒かったよね、あれ」
「だ、だからリベンジしようよ!」

 ここが病院の一室だということも忘れたわたしは、声を大きく張り上げた。

「わたしは原田くんと、アイスが食べたいっ!」

 そして、この想いを伝えたい。

 爆笑するポイントなどどこにもないと思うのに、腹を抱えた原田くんは、大袈裟に笑ってみせた。
 これ見よがしに目尻まで拭って、呼吸を整えて。そして、こう言った。

「仕方ねえなあ。また奢ってやるかあ」