原田くんの赤信号

「原田くん行かないで!」

 夢から目覚めたのは、耳元でした大きな声のせい。ビクッと肩を震わせて顔を上げれば、手の甲には涙の雫が落ちていた。

「夢、か……」

 わたしは原田くんのベッドを枕代わりに、どうやら眠ってしまっていたらしい。

 床につけっぱなしだったひざが痛い。不安定な体を支えていた足が、痙攣している。
 なんて中途半端な体勢で、寝てしまったのだろう。

 自分の寝言で起きるなんて小学生以来だな、と自嘲しながら、原田くんを見る。

 夢でよかった。だけど、きっといつかは。

 寝ても覚めても原田くんの変わらぬ表情に、そんな不安が頭をよぎった時だった。

「瑠美!行かないで!」

 今はまだ夢の中なのかもしれないと、わたしは自分の目も耳も疑った。

「瑠美、瑠美!二月十四日は、俺といてよ!」

 わたしの目の前には、動いて喋っている原田くんがいた。半年間閉じたままだった瞼をぱっちりと開けている、原田くんがいた。

「え、えーっと……原田、くん?」
「バレンタインは俺といよう!?」

 これは夢と現実、どちらなのだろう。わたしはまだ、寝ぼけているのか。

「えっと……これって…え、つまり……」

 混乱する頭を整えられずに、わたしはただ言い淀むだけ。茫然自失状態に陥入りそうなわたしの両肩に手を乗せた原田くんは、丸いその大きな瞳で、視線をかちりとはめてくる。

「瑠美、わかった!?バレンタインは福井じゃなくて、俺とずっと一緒にいるんだからね!?」

 真面目な顔、真剣な瞳。一生懸命、わたしを引き留めようとしてくれている。

「瑠美、お願いっ」

 これは紛れもなく、あの頃の原田くんだ。

「は、原田く……っ」

 状況を理解したわたしの涙腺は、瞬く間に崩壊していった。

「原田くん、は、原田く……」

 それはまるで、滝の如く。次から次へと涙が溢れ落ちていく。

 ぐしゃぐしゃな視界の真ん中に、きょとんとする原田くんが映った。

「え……る、瑠美、どうした……?」

 わたしはそんな原田くんに、抱きつかずにはいられなかった。

「原田くん!」

 大好きな人が、目を覚ましてくれた。大好きな人が、帰ってきてくれた。
 こんなに嬉しいことが、この世にあるなんて知らなかった。