原田くんの赤信号

「じゃあ、もうそろそろ俺、行かないと」

 まだ半分以上も残っているアイスをカップごとベンチに置いた原田くんは、おもむろに腰を上げた。

「え、どこに行くの?」

 食べてから行けばいいのに、なんてわたしは呑気に笑う。

「天国」

 けれどそんな笑みも、その言葉ですぐさま削ぎ落とされた。

 夏空に向かって片手をかざした原田くんは、その奥の奥を見つめて言う。

「瑠美、今までありがとう」

 ありがとうが、さようならに聞こえた瞬間だった。

「もう、瑠美の未来を知っている奴はいなくなるから、あんまり危なっかしいことするなよ?瑠美のお母さんが言うように、明るい未来を信じて生きて、幸せになれ」

 いなくなるから。
 幸せになれ。

 そんな言葉ひとつひとつが寂しく感じ、それと同時に、大きな不安に襲われる。
 
「そ、そんな……じゃ、じゃあ原田くんは?」

 原田くんの幸せはどうなるの?
 そう聞こうとすれば。

「俺はもう、この世界にはいられない。瑠美も救えたし、後悔はないよ」

 そんなことを返されて、窒息だってしそうになる。

「そんなの、ダメだよっ!」

 すぐそこにいる原田くんを捕まえたいのに、どうしてだかわたしのお尻は、ベンチの座面に貼りついたままで、持ち上がらないし、動けない。

 溶けたメロンシャーベットが手の甲を伝っていくのは、すごくリアルに感じていた。それなのに目の前にいる原田くんだけがどんどん非現実的になり、足から順に透けていく。

 夏空からわたしに視線を移した原田くんは、たんぽぽの綿毛のような、優しい笑顔をしていた。

「ばいばい、瑠美」

 ダメ。そんなの絶対にダメ。

「ちょ、ちょっと待ってよ原田くんっ。行かないで!」
「ばいばいなんだよ、瑠美」
「いやだ!!!」

 ねえ原田くん。あなたはもっと、怒ってくれていいんだよ。
 俺が死ぬのは瑠美のせいだぞ、ふざけんなって、罵ってくれてもいいのに。

「瑠美、幸せになれよ」

 なんでわたしの幸せばかり、願うのよっ。

「行かないで!」

 原田くんの顔が、消えていく。
 手を伸ばしても、もう届かない。

「行かないで!原田くん!」

 わたしはただひたすらに、原田くんの名前を叫ぶことしかできなかった。