原田くんの存在を認識したのは、いつ頃だっただろうか。福井くんと初めて会話をするよりも先に、彼と話したような気がする。

「ねえねえ。瑠美ってオオハラ?オオバラ?」

 ああそうだ。ある日唐突に、わたしの苗字の読み方を聞かれたんだ。

 記者の街頭インタビューにも似た予期せぬ質問。とりあえず、わたしは答える。

「ええっと、オオハラだよ。大原瑠美(おおはらるみ)っ」

 そう言うと、原田くんは「オオハラか!」と右手のグーを左手のひらにぽんっと乗せた。

「え、え。なんで?」

 なんでそれが気になるんですか、どうでもよくないですか。というか、あなたの名前はなんでしたっけ。

 の言葉たちは失礼かなと思い飲み込むと、原田くんは、明るく答えた。

「いや、単純に、どっちか気になっただけだよっ。俺の小学校の友だちに、『大海原』って書いてオオウナバラって読む奴と、全く同じ漢字なのに、ワタノハラって読む奴がいたんだ」
「へぇー、そうなんだ。オオウナバラはともかく、ワタノハラは珍しいねえ」
「だから瑠美の苗字は『原』が濁るのか濁らないのか、知りたかったんだ。ほら、間違って呼んじゃったら失礼じゃん」
「ああ、なるほど……って、もう苗字じゃなくて、下の名前で瑠美って呼んでるけど」
「あれ。あははっ、本当だっ」

 こうして原田くんがわたしのことを「瑠美」と呼んでくれたから、なんとなくその呼び名が彼の周りやクラス中に浸透して、福井くんもわたしを「瑠美」と呼ぶようになったのだと思う。