ハインツとリナリアの婚約は、あまりに突然のことだった。
 凶悪なエンシェントドラゴンに勇猛に立ち向かって王都を守り抜いた討伐戦の後、普段は相容れないことの多い騎士団員の面々にも「今回の一番の功労者はハインツだ」と言わしめたその功績を称えられ、ハインツは魔導士としての階級がひとつ上がって「銀縁」に昇格した。

 ローブの縁取りの模様は、家紋を入れたり本人の最も得意とする魔法のモチーフを入れたり、おまじないの呪文を盛り込んだりと自由にリクエストすることができるのだが、ハインツはこの時にエルシード家の家紋である「鷲」ではなく、小さな花を咲かせる植物をリクエストしたらしい。

 さらには彼に師団をひとつ任せてみようかという話に及ぶと、ハインツは「経験不足」という理由でそれを固辞し、その代わりにリナリア・ローレンスとの婚約を希望したのだという。

 リナリアは、ハインツが所属する師団の団長、カルス・ローレンスの愛娘だ。
 階級では師団長と同じ銀縁に並んだハインツだったが、年齢も経験も遥かに上回るカルスのことを尊敬して慕っている。
 そんな彼のことをカルスも可愛がっており、将来有望な若い部下が近い将来、義理の息子になることを喜んだカルスは二つ返事でそれを了承したのだった。
 
 こうしてリナリアは、ある日突然ハインツ・エルシードの婚約者になってしまった。
 彼女は半年後に魔導士養成学校を卒業し、魔導士の卵としての人生をスタートする予定になっている。
 リナリアの両親もそうだが、魔導士は職場結婚が圧倒的に多い。
 だからリナリアも、素敵な出会いをして少しずつ互いの距離を縮めていき、それが恋心に変わって……という憧れを抱いていたというのに、いきなりの政略結婚のような展開に戸惑うばかりだ。

 結婚していても魔導士として活躍している女性は大勢いるわけだが、就職前からあれこれ噂が独り歩きしそうな状況にリナリアは頭を悩ませている。
 何せ相手は、魔導士としての実力はもちろんのこと容姿までも到底釣り合いそうにない有名人であり、そんな彼が見初めた婚約者も魔導士の才能あふれる女性に違いない――もしもそんな風に思われているとしたら、とんだ勘違いだ。
 周囲に勝手に期待されて勝手にガッカリされるのは堪らない。
 
 それに彼は魔導士棟の内外でモテモテだと兄から聞いているため、女性たちからのやっかみのような面倒なことに巻き込まれてしまうかもしれないという懸念もある。