燈夜祭がお開きとなりライトを研究室の寝床へ送り届けてから戻ると、迎えの馬車でごった返していた正門付近は人影もまばらとなっていた。

 今日は帰宅時間が夜になるため、ハインツ先生に自宅まで送ってもらうことになっている。
 馬車に乗り込む時のハインツ先生のエスコートは完璧で、こういう所作のひとつひとつが美しいのだから、なんてずるい人なんだろうと思ってしまう。

 馬車に並んで座りながら今夜の燈夜祭のことを振り返る。
「ハインツ先生、楽しかったですか?」
「最初は少々面倒だと思っていたが、思い切って参加してみたらとても楽しかった。きみのおかげだ、ありがとう」

 楽しんでもらえたのなら何よりだ。
 思わず「んふふっ」と笑いが漏れる。
 
 そして姿勢を正すと、ようやく秘めた決意を実行に移すことにした。
 小さく深呼吸してから静かに告げる。
「ハインツ先生は結婚されているんですよね?」
「どうしてそれを?」

「ちょっと小耳に挟みまして。わたしは、奥様がいらっしゃるハインツ先生を……」

 好きになってしまったんです――そう告げて、こっぴどくフラれるという思惑は叶わなかった。

 突然、体の中から何か嫌な気配のようなものがドクンと跳ねて、息が出来なくなった。
「うっ……」
 胸を押さえて苦しむわたしの様子を見てハインツ先生が焦った様子で御者に馬を止めるよう声を掛けているのが聞こえる。

 待って。
 シャドウ、どうしちゃったの……?