魔導士養成学校では、(ろく)の月の満月の夜に「燈夜祭(とうやさい)」というお祭りを生徒主導で催すのが毎年の恒例行事だ。

 陸の月の満月はピンク色に染まる「ストロベリームーン」で、この日は深夜まで学校が開放される。
 日没と同時に敷地内のあちこちに柔らかな光のランタンが灯され、軽食やスイーツの露店も並ぶ。

 生徒たちは思い思いの場所で満月を鑑賞しながら親交を深め合い、祭りのフィナーレでは各自魔法を紡いで作った発光体(オーブ)を夜空へ飛ばしてお開きとなる一大イベントだ。


 燈夜祭当日、わたしは朝からソワソワしていた。
 いや、わたしだけでなく学校全体が夕方からのお祭りに向けて浮足立っている。
 落ち着いているのはハインツ先生ぐらいじゃなかろうか。

 先日の熱烈なハグに関しては、ハインツ先生に「忘れてくれ」と言われた通り一切話題にしないようにしている。
 とはいえ、忘れられるはずもないけれど。
 あれ以来、わたしたちは何となくよそよそしくなってしまった。

 もしや、大人の男を煽ったらこういう目に遭うんだぞと身を挺して教えてくれたのかもしれないと思ったが、そもそも煽った覚えはない。
 ただ、目を合わすのが恥ずかしいからといって逃げ出すような真似はしないようにと心がけている。
 わたしの中のシャドウを監視することがハインツ先生の責務なのだから、逃げ出そうとしたらこうするぞと言いたかったのかもしれない。

 じゃあ、また逃げ出そうとしたらまたああいう熱烈なハグをしてもらえるんだろうか。

 ついついそんな馬鹿な考えが浮かんできて、それを否定する。
 ハインツ先生は既婚者なのだから、恋をしてはならない人だ。
 こういう心のモヤモヤがシャドウに悪い影響を与えかねないこともよくわかっている。

 だからわたしは今夜、ハインツ先生に抱く淡い想いを潔く散らす覚悟を秘めて燈夜祭にのぞむつもりだ。