ハインツ先生には奥様がいることを知っているから恋人候補ではない。

 うちのメイドたちが廊下の掃除をしながら噂話をしているのを聞いてしまったのだ。
 立ち聞きなど行儀の悪いことをしてはいけないと思いつつ、たまたまその廊下の角まで来た時に話が聞こえてしまったのだから仕方ない。

「ハインツ様、ずっと思いつめていらっしゃるわよね」
「そりゃそうよ、奥様があんなことになったのだもの」
「でも、そんなお顔も素敵よねえ」
「それ私も思ってた!」

 そこでわたしがいることに気づいたメイドたちがハっと口を噤んだ。
 何も聞いていませんでしたという顔で「ご苦労様です」と言って通り過ぎたけれど、立ち聞きしていたことがバレていたのか、それ以降メイドたちはおしゃべりせずに黙々と仕事をするようになった。


 18歳時点のわたしの記憶ではハインツ先生はまだ独身だったから、4年間のどこかで結婚したのだろう。
 容姿端麗で魔法の才能あふれる彼が見初める女性はどんな人なのか、少々興味がある。
 やはり美人で凄腕の魔導士なんだろうとか、もしかすると第4師団の聖女隊の人だったりして!?とか。

 ただ、「奥様があんなことに」とメイドが言っていたということは、その奥様に何かよろしくないことが起きてしまったということが推察できる。
 ハインツ先生のローブに金糸で施された植物の刺繍は奥様と何か関係があるのかもしれないとも思っているけれど、ハインツ先生本人に奥様の話題を振るのは避けるようにしている。

 結局、わたしがどこで暮らしていたのかは謎のままだ。